本研究は、野生チンパンジーの行動観察および体毛の同位体分析から、野生チンパンジーの栄養的な離乳の時期を明らかにし、ヒトの生活史の特徴である「離乳の早期化」の進化的基盤について再検討することを目的として行った。タンザニア連合 共和国・マハレ山塊国立公園に生息するM 集団の野生チンパンジーを対象に行動データを収集した。 得られたデータの分析として、幼少個体の食物と母親および集団内の他個体の食物とをリスト化した。それらを比較した結果、両者の間には明確な違いがあった。そして、幼少個体を取り巻く環境として重要だと考えられる母親の影響を調べるため、 母親と同時に採食する場合とそうでない場合とで、幼少個体の採食行動にどのような違いがあるかを検討した。チンパンジーの幼少個体は、母親と同時に採食する際には果実など母親と共通の品目を、母親と異なるタイミングでは出会いやすい地上性草本植物および木本性つる植物の茎部をより高い割合で採食していることが明らかになった。また、母親と異なるタイミングで採食する場合でも、幼少個体は母親から離れていることはほとんどなく、母親の移動に追随することによって採食バウト長が短くなる傾向があった。これらの結果を解釈すると、チンパンジーの幼少個体は母親との同時採食によって主たる採食の機会を確保しつつ、消化器官が小さいという身体的条件に対応して、母親が食べないタイミングでも機会主義的に採食を行っている可能性が示唆された。以上の結果は国際学術誌『Journal of Human Evolution』誌に掲載された。
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