研究課題/領域番号 |
16J03613
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
蘆田 祐人 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 冷却原子 / 量子測定 / 量子臨界現象 / ポーラロン |
研究実績の概要 |
冷却原子気体を用いて実現した量子気体顕微鏡と呼ばれる技術により、量子多体系を1原子レベルで観測することが可能となった。本学振の研究テーマはこのような極限実時間撮像下での量子ダイナミクスを記述する理論を構築することである。初年度である平成28年度は、特に、光格子中にトラップされた冷却原子を念頭においた理論的研究を行った。位置分解能が弱く光子の測定レートが大きい極限で拡散型の量子確率微分方程式を導いた。異種粒子と異なり、同種粒子においては位置分解能が弱い極限で相対座標成分のデコヒーレンスが消失することがわかった。得られた成果は論文としてまとめ、Physical Review Aより出版された。 夏期にはアメリカのボストンに滞在し現地研究者と共同研究を行った。確率微分方程式の統計力学における役割について現地研究者と議論し今回の研究の新たな発展の可能性を模索した。滞在先であるハーバード大学のDemler教授は、本学振の研究テーマを実装する物理系として最も有力な冷却原子気体系の理論家であり、博士との意見交換及び、Demlerグループに所属する研究員との議論を通すことで、本学振テーマと関連した重要な知見が多く得られた。特に、2成分冷却原子系における不純物原子の問題について共同研究を行い成果を論文としてまとめた。 これらの研究と並行して、連続測定が量子多体現象に及ぼす影響についても研究を行った。実時間観測下の量子系では、時間発展が非エルミートなハミルトニアンで記述できる。このような状況のもとで、従来、統計力学の範疇で扱われてきた量子相転移や1次元量子臨界現象などの概念がどのように修正を受けるかについて研究を行い、二本の論文を発表した。一つはPhysical Reivew Aから出版され、もう一つはNature Communicationsに掲載予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「研究実績の概要」では主に3種類の成果(連続位置測定下のダイナミクス・Ramsey干渉を用いた磁気ポーラロンダイナミクス・連続測定下の量子臨界現象)について述べた。連続位置測定下のダイナミクスの研究では申請書の初年度で計画した通りに成果が得られ、来年度以降の研究の端緒となると期待される。この意味で、この成果は当初の計画通りの発展といえる。 一方で、その他の二つの進展は当初の計画以上の進展である。Ramsey干渉を用いた磁気ポーラロンダイナミクスの研究は、ボストン滞在中にDemler教授と共同研究を行う中で得られた研究成果である。今回の研究ではパルス的な破壊測定を過程しているが、量子気体顕微鏡を用いることで連続的な測定が行える可能性がある。この場合には上記の研究で得られた確率微分方程式が応用できると期待される。さらに、ボストン滞在中には世界でも最先端の冷却原子実験グループであるGreiner教授のグループの最近の実験成果についてもセミナーなどを通し情報収集を行った。ボストン滞在で得られたこれらの知見は、今後の研究の端緒となると期待される。 連続測定下の量子臨界現象は、1粒子では生じ得ないという意味で、本学振テーマである「量子多体系の位置測定」を行うことで重要となる新しいテーマである。我々の前回の研究では、測定の反作用により、波束の収縮を起こすことで回折限界を超えた位置測定を行えることが示された。しかし、そこでは物理系の粒子間相互作用は無視されていた。今回の研究では、この多体相関も含めて考えることで当初の計画を超えた豊富な知見が得られた。具体的には、測定の反作用により誘起される量子相転移点のシフトや新しい量子臨界現象の普遍クラスを発見した。これらの知見は今後位置測定における量子効果を検証する上で重要な役割を果たすものと期待される。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、今年度に構築した理論から予測される現象を実験で検証するために、計算機を使用した数値シミュレーションを行う。特に、1原子レベルでの観測が量子気体顕微鏡で既に実現されている冷却原子系は、本学振の研究テーマである「極限実時間撮像下での量子ダイナミクスの観測」を研究する上で実験的に最も有望な物理系である。今年度に得られた研究成果、及びボストン滞在で得られた実験についての知見を用いることで、現実的な実験パラメータを用いた確率微分方程式による数値シミュレーションが行えると期待される。 これと並行して、Demler教授らとの共同研究も引き続き行う。具体的には、今回得られた研究成果をRydberg原子系に応用することで、スピンダイナミクスにおける不純物の役割について研究を行う予定である。必要に応じて前年同様にボストン滞在を行う。 また、測定下の量子多体現象の研究の続きとして、測定の反作用の下で多粒子相関がどのように伝搬するかについても研究を行う。これにより、学振のテーマである「極限実時間撮像下での量子ダイナミクス」において情報の流れが果たす役割について明らかになると期待される。
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