研究課題/領域番号 |
16J04046
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
小林 慎太郎 名古屋大学, 工学研究科, 特別研究員(PD) (10771892)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 異常原子価化合物 / 放射光X線 / 幾何学的フラストレーション / 構造解析 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、放射光X線をプローブとして、異常原子価の遷移金属元素をもつ化合物の精密構造解析および電子状態の解明を目指した研究を進めている。当該年度は、軌道の自由度と価数の不安定性をもつ4価のCrが三角格子を形成した化合物であるCrSe2を中心とした物質開発および放射光X線回折測定を行った。。 まず、新たにCrSe2にSを置換した試料の単結晶育成に成功し、その巨視的な物性測定を行った。その結果、この化合物にわずか3%のS置換を行うことで金属絶縁体転移が発現することが明らかになった。母体であるCrSe2の基底状態が反強磁性金属であるのに対し、S置換を行った試料は常磁性絶縁体であり、その劇的な変化は非常に興味深い。 これらの化合物に対して、PF BL8AおよびSPring-8 BL02B1で放射光単結晶X線回折測定を行った。母物質であるCrSe2に関しては、中間相および低温相で超格子パターンが異なることが明らかになった。これらの結果は、低温相と中間相において異なるVBS状態が形成されていることを想起させる。さらにS置換物質に関しては、低温で興味深い散漫散乱を観測することに成功した。相転移温度よりも高温から、散漫散乱の強度が増大していき、その後相転移温度の直上および相転移温度より低温でそのパターンが変化することが明らかになった。このような散漫散乱は、母物質であるCrSe2においては観測されておらず、アニオン置換により、本系に内在する自由度の競合の度合いが変化したことに起因していると考えられる。今後CrSe2およびS置換物質の物性および低温構造の違いを明らかにすることで、本物質群の相転移の起源および4価のCrをもつ化合物の特異な物性の起源が明確になることが期待できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究を進める上で重要な合成用の電気炉や低温合成システムの作成などの環境整備を重点的に進め、加えて合成面では本研究課題の中心となるCrSe2およびそのS置換物質の単結晶試料を得ることができ、系統的な研究を進める上での舞台は整った。また、合成手法自身にも進展が見られ、これまでと異なる溶媒や前駆体を用いた合成も可能になりつつある。 得られたCrSe2およびそのS置換物質の単結晶を用いた磁化率、電気抵抗率、ゼーベック係数測定を行い、基礎物性データを得ることができた。さらに、これらの化合物の単結晶X線回折測定を行い、アニオン置換に伴う明瞭な変化を観測することができた。このように本系の研究を進める上で重要な着眼点を見出すことができたことは今後の研究を進めるうえで非常に重要となる。 上述した成果を国内学会で発表し、学術論文を執筆中である。これらのことを踏まえると、研究の進展はおおむね順調である。
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今後の研究の推進方策 |
まず、CrSe2およびS置換試料の結晶の質を向上させるための合成手法の改善に着手する。研究室にArグローブボックスが導入されたので、これまでと異なる前駆体を試すことが可能になった。前駆体および溶液の種類などを多角的に検討し、最良の試料の作成を目指す。また、結晶の質を評価するためのシステムとしても用いることが可能な、電気抵抗率測定装置の作成も当初の計画通り進める予定である。これらの純良試料を用いた放射光単結晶X線回折の再測定や解析手法の改善を行い、基底状態の結晶構造を明らかにする。 また、物質開発もこれまでと同様に進める。特に、CrSe2にTeを置換した試料の粉末試料の合成に成功しており、今後は単結晶の育成を進める。これらの試料も純良な試料が得られたら、放射光での単結晶X線回折測定を進める。 精密構造解析を進める上では、構造解析の手法の確立も欠かせない。特に本研究で対象とする化合物の結晶性はソフト化学手法を用いるため高くならない可能性も想定され、また構造相転移に伴いドメインが形成される可能性もある。そこで、本課題に関連して、結晶性の悪い試料および結晶中にドメインを含む試料の構造解析の手法の確立を目指した研究を進める。すでに、いくつかの他の化合物を題材として精密構造解析を試みている。 さらに、単結晶X線回折測定だけでなく、放射光X線等を用いて他の測定を行い、多角的に研究を進める。得られた結果を学会発表および学術論文の投稿という形でまとめる予定である。
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