研究課題/領域番号 |
16J04279
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
植木 洸輔 東北大学, 工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | ASTM F90合金 / 低温熱処理 / 歪み誘起マルテンサイト変態 / 機械的特性 / 耐食性 |
研究実績の概要 |
1. ASTM F90 Co-20Cr-15W-10Ni合金は、バルーン拡張ステントに用いられていることから、製品の高性能化には塑性域での微細組織変化機構の解明が不可欠である。当グループの過去の研究において、本合金に673~873 Kの低温熱処理を施すことで機械的特性が向上することが明らかになっている。そこで、応力をかけた状態でのin-situ XRDおよび所定量の歪みを印加した試料に対するEBSD解析による塑性変形中の微細組織変化の調査を行った。歪み量50%未満の低~中歪み領域において、低温熱処理による歪み誘起マルテンサイト変態によるε相(hcp相)形成の抑制が、歪み量50%以上の高歪み領域において、低温熱処理材はas-received材と比較して双晶界面にて優先的に歪み誘起マルテンサイト変態が発生していることが示唆された。さらに、as-received材と低温熱処理材の塑性変形前の初期微細組織を比較すると、低温熱処理によって積層欠陥密度が上昇していることが明らかとなった。これらの微細組織変化によって機械的特性が向上したと考えられるが、今後さらなる考察が必要である。 2. バルーン拡張型ステントとしての使用を考えた場合の必要不可欠な評価項目である耐食性について、試験溶液に人工体液であるHanks溶液を用いたアノード分極試験により調査した。低温熱処理材におけるアノード分極曲線は、as-received材のものと大きな変化が確認されなかったことから、低温熱処理は、耐食性に大きな影響を与えないことが明らかとなった。As-received材については、引張試験後の破断試料についてもアノード分極試験を実施した。歪み誘起マルテンサイト変態により形成されたε相は、耐食性に大きな影響を与えないことが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.修士における研究成果についての学術論文をMetallurgical and Materials Transaction Aで公表することができた。 2.ASTM F90合金における塑性変形中微細組織をEBSDおよびin-situ XRDにより分析することで、低温熱処理が微細組織に与える影響が明らかとなった。塑性変形中の微細組織変化に関する知見は、塑性域で使用されるバルーン拡張型ステントの高性能化を実現する上で必要不可欠である。 3.ASTM F90合金における耐食性評価を行うことで、熱処理および塑性変形による微細組織変化が耐食性に与える影響を検討し、低温熱処理および歪み誘起マルテンサイト(ε相)が耐食性に大きな影響を与えないことを明らかにした。ASTM F90合金における塑性変形後の試料のアノード分極試験については、過去に報告がなかったため、ステントの高性能化に対して非常に有益な実験結果である。2、3の研究成果については、現在学術論文を作成中である。 4.ASTM F90合金とともにバルーン拡張型ステントや整形外科用ワイヤー等の細線材料に用いられているASTM F1058 Co-20Cr-16Fe-15Ni-7Mo合金について、熱処理による微細組織変化を晶析出物形成の観点から分析するとともに、機械的特性の評価を行うことで、ASTM F1058合金における熱処理が機械的特性に与える影響を明らかにした。この研究成果をASTM F90合金についての研究成果と比較することで、Ni含有Co-Cr合金における微細組織と機械的特性の関係性についての共通点、相違点について有益な知見を得ることができた。 5.Co-27Cr-6Mo合金に対して長時間熱処理を行い、炭・窒化物の形成機構について調査した。この研究成果についての学術論文をMaterials Transactionで公表することができた。
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今後の研究の推進方策 |
1.ASTM F90合金について、歪みを印加した試料を作製し、TEMおよびEBSDによる結晶粒界および双晶界面の微細組織分析を行うことでas-received材と低温熱処理材における歪み誘起マルテンサイト変態発生挙動の違いを明らかにする。この分析で得られた結果より、低温熱処理による機械的特性向上の要因を解明する。 2.ASTM F90合金における歪み速度が塑性変形による微細組織変化および機械的特性に与える影響について調査する。ステント拡張時の歪み速度に加え、細線加工時の冷間加工における歪み速度等を模擬する。さらに、歪み印加試料に対して1.と同様の分析を行うことで、歪み速度が歪み誘起マルテンサイト変態発生挙動に与える影響について明らかにする。 3.ASTM F90合金細線材の疲労特性評価を行い、熱処理が疲労特性に与える影響を調査する。ステントのストラット径を模擬した細線材を作製し、人工体液に浸漬した状態での回転曲げ疲労試験を行うことで、ASTM F90合金のステントとしての耐久性を評価する。 4.ステント用のチューブ材は、その作製プロセスにおいて冷間加工および焼きなましが繰り返し行なわれる。このことから、ASTM F90合金において冷間加工材を作製し、加工が微細組織に与える影響を調査するとともに、機械的特性、耐食性に与える影響を明らかにする。 5.ASTM F1058 Co-20Cr-16Fe-15Ni-7No合金やASTM F562 Co-35Ni-20Cr-10Mo合金等の耐食性を、試験溶液をHanks溶液としたアノード分極試験およびすきま腐食試験により評価し、これまでの研究成果と合わせて機械的特性、耐食性の面から比較することで、それぞれの合金が持つ長所、短所を明らかにし、ASTM F90 Co-20Cr-15W-10Ni合金をベースとした新たな合金の設計指針を立てる。
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