研究課題
寿命制御機構の解明はヒトの老化を理解し、健康・長寿を実現するために重要な課題である。カロリー制限は酵母から哺乳類まで多くのモデル生物において寿命を延ばすことが明らかにされ、寿命制御機構は多くの生物に共通することが明らかにされた。また、近年いくつかの代謝産物が寿命制御に関与することも示されたが、寿命制御機構は未解明な部分も多い。本研究では、メチオニン代謝が関与する新規寿命制御機構の解明を目的に、出芽酵母を用いて既に取得されていた長寿変異株SSG1-1の寿命延長機構の解析を行った。SSG1-1変異株はメチオニン代謝産物S-アデノシルメチオニン(SAM)を高蓄積していた。SAMはメチオニンとATPから合成され、核酸、タンパク質、リン脂質などのメチル化反応のメチル基供与体として利用される。SSG1-1変異株においてSAM合成酵素SAM1を破壊した株を構築し、SAMの蓄積及び寿命の測定を行った結果、SSG1-1 sam1二重破壊株においてSAM蓄積の減少が観察され、寿命は野生株程度に戻ることが明らかとなった。さらにSAM合成酵素を過剰発現する株を構築した結果、野生株と比較してSAMが高蓄積し、有意に寿命が延長した。このことから、SAMの合成を促進することが寿命延長と関連することを明らかにした。また、SAM合成にはメチオニンおよびATPが用いられることから、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)であるSnf1が活性化することが予想された。そこで、SSG1-1変異株においてSnf1の活性の解析を行ったところ、SSG1-1変異株は野生株よりも有意にSnf1の活性化が観察された。また、SAM合成酵素過剰発現株においてもSnf1の活性化が観察された。このことから、SAM合成の促進によってSnf1を活性化し、寿命を延長する新規寿命延長機構を見出した。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題では、出芽酵母の長寿変異株SSG1-1の寿命制御機構を解明することを目的として解析を行った。本研究の成果により、メチオニン代謝産物S-アデノシルメチオニンの生合成を活性化させると、寿命が延長する新規寿命延長機構を明らかにした。本研究成果は米国アカデミー紀要に掲載された。さらに、清酒酵母はS-アデノシルメチオニンを高蓄積することが知られていた。その原因を明らかにするため、実験室酵母と比較して清酒酵母がSAMの高蓄積と関与する染色体の領域について解析を行った結果、染色体8番目に存在するYHR032WがSAM高蓄積の要因の一つであることを明らかにした。本研究の成果は、Journal of Bioscience and Bioengineering 誌に掲載された。一方、本研究課題として、SSG1-1変異株の寿命延長機構を解明するため、SSG1-1変異株がS-アデノシルメチオニンを高蓄積する機構について明らかになっていない。また、SSG1-1変異株について遺伝子発現を網羅的に解析した結果、カロリー制限を模倣することが予想され、カロリー制限による寿命延長に必要な遺伝子としてSnf1との関連を明らかにした。このことからカロリー制限によって不活性化することで長寿となる栄養応答プロテインキナーゼ複合体1(TORC1)経路との関連も予想された。最近の解析からSSG1-1変異株とTORC1経路は機能関連する結果が得られている。SSG1-1変異株がTORC1経路とどのように関与するかについては詳細に解析する必要がある。以上、得られた成果を着実に論文にまとめており、おおむね順調に研究が進展したと評価できる。
今後の研究課題として、(1) SSG1-1変異株がS-アデノシルメチオニンを高蓄積する機構、および(2) SSG1-1変異株が既知の寿命延長経路TORC1と関連する機構について明らかにする。(1) SSG1-1変異株がS-アデノシルメチオニンを高蓄積する機構を明らかにすることを目的として、機能解析を行う。SSG1-1変異株はSAMの生合成を促進していること、およびSsg1タンパクは液胞膜に局在していることが明らかになっている。さらに出芽酵母は液胞にSAMを蓄積することが報告されていることから、Ssg1はSAMを液胞に運ぶトランスポーターであることが予想された。そこで、今後の実験としてSSG1-1変異株の細胞質と液胞を分画し、液胞にSAMを輸送しているかを測定する。また、Ssg1を含んだ液胞膜を精製し、SAMの取り込み活性を測定することによって液胞膜におけるSAMのトランスポーターであるかについて検討する。(2)TORC1は不活性化することでタンパク合成の抑制やオートファジーの誘導によって長寿となる。また、TORC1はラパマイシンによって負に制御されることから、ラパマイシン耐性を調べた結果、SSG1-1変異株は感受性を示した。さらにSSG1-1変異株においてTORC1の活性の解析を行ったところ野生株と比較して活性の低下が観察された。このことからSSG1-1変異株とTORC1の機能関連が予想された。今後の実験として、SSG1-1変異株がどのようにTORC1に関与するかを明らかにするため、SSG1-1変異株においてTORC1の上流遺伝子の活性を解析し、TORC1の上流のどの遺伝子と関連するのか明らかにする。また、TORC1とSAMが関与するかを調べるため、SAMを添加したときのTORC1の活性について解析を行う。
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Journal of Bioscience and Bioengineering
巻: 123 ページ: 8,14
10.1016/j.jbiosc.2016.07.007
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
巻: 113 ページ: 11913,11918
10.1073/pnas.1604047113