研究課題/領域番号 |
16J04383
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
松井 大 慶應義塾大学, 社会学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | カラス / ハト / 運動学習 / 運動制御 / 身体スキーマ |
研究実績の概要 |
(1) ハシブトガラスとハトのクチバシ操作に関する比較行動学的研究 ハシブトガラスとハトそれぞれに擬似クチバシを取り付けることにより、クチバシを延長し、その状態での餌へのついばみの運動軌道を解析した。結果、ハトは10日間もの訓練にも関わらず、延長したクチバシで餌を取ることを学習することはできなかった。一方で、カラスは即座に餌をとる際のクチバシ開閉運動を調節し、延長した分のクチバシに対応した運動を行った。さらに、ハトは訓練後擬似クチバシを取り除き、再び元の長さのクチバシに戻されると、クチバシの開閉運動が通常より早くなる「運動残効」と呼ばれる現象が確認された。カラスには運動残効は見られず、擬似クチバシ除去直後から通常の長さのクチバシに応じた運動を行なった。この種間の差は、両種の持つ感覚-運動メカニズムの差異を反映していると考えられる。 (2) クチバシ操作の運動学習の神経基盤 前研究の実験パラダイムを用いて、運動学習中の神経活動を測定した。神経活動の測定には、c-fos という神経活動直後に読み出される最初期遺伝子の活動に伴い生成されるタンパクを可視化する、免疫組織学的手法を用いた。被験体としてはハトを使用した。結果、統制群と比較して擬似クチバシによる餌取得を行なった群では、nidopallium fronto-trigeminale (NFT) と呼ばれる大脳領域で有意に高い c-fos 発現が見られた。この領域がどのような機能に関与しているのは、現在のところ判明していないが、クチバシの触覚感覚情報を受け取っている nucleus basorostralis (Bas) という領域から入力を受けていることが知られている。そのことから推察するに、この領域はクチバシの長さの変化に対応すべく、自身の運動調節を行うために計算を担っているのではないかと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の主たる目的はカラスの身体運動の柔軟性の解明にある。研究課題の目的の1つであるカレドニアガラスの道具使用における形態学的基盤については、既に前々年度に査読付き国際紙として公開されている。そして、カラスの持つ運動制御の解明の次なる段階として、私はカラスの持つ運動の視覚性制御に着目した。そこで前年度は「クチバシの延長」という実験パラダイムを用いて、ハシブトガラスとハトの運動制御メカニズムの比較検討を行った。結果、カラスの感覚運動システムの柔軟性が示された。この研究により、道具使用のような高度な行動を実現するメカニズムの解明を一歩推し進めることに成功したと考える。当該の研究結果は査読付き国際紙に既に掲載されている。さらに、前年度からはその感覚運動メカニズムの神経基盤にまで踏み込みはじめ、鳥類の持つ運動制御メカニズムの解明を目指している。それについては、既に研究課題に関わる脳領域の同定も行っている。以上の状況を鑑みるに、研究の進捗は概ね順調であると言える。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は2つの方向から研究を推進していこうと考えている。第一には、鳥類の運動制御の神経基盤の解明である。この点に関しては前年度ハトを用いて、免疫組織学的手法により予備的な検討を既に行っている。今年度以降は、(1) カラスの感覚-運動制御の神経メカニズムを解明 (2) 電気生理学的研究、脳の局所損傷研究による、運動制御関連領域で符号化されている情報のさらなる検討を進めていきたい。第二に、運動学習、運動制御について別のパラダイムを用いて、カラス、ハトについて比較行動学的なさらなる知見を集めたいと考えている。具体的には、(1) プリズムを用いた視覚-運動強調への外乱 (2) 力場順応を用いた運動学習という2つの手法を用いた研究を行うことを予定している。 当初の研究計画では今年度はオプティックフローという、視野内の視覚環境を操作することでカラスの視覚性運動制御メカニズムを調べるつもりであった。しかし、オプティックフローによる操作ではカラスの運動への影響が薄いことが既に予備実験段階で判明した。そこで、プリズムと力場順応を用いて当該メカニズムの解明を目指す。実験手法はオプティックフローを用いた実験とはやや異なるが、カラスの持つ視覚に基づいた運動制御メカニズムを調べるという点では、当初の目的から外れることはなく、本来の研究計画と同等かそれ以上の知見が得られることが期待できる。
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