研究課題/領域番号 |
16J04516
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
菅沼 起一 東京藝術大学, 音楽研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 演奏習慣研究 / ルネサンス音楽 / 編曲 / ヴィルトゥオジティ / 装飾技法 |
研究実績の概要 |
今年度は、以下の3点を中心に研究を行った。①声楽ポリフォニーの器楽演奏という、インタヴォラトゥーラの上位に位置するメタ概念の考案とその妥当性の検証②ジローラモ・ダッラ・カーザ『ディミニューションの真の方法』(ヴェネツィア、1584年)の邦訳と、特に記譜法史的観点からの内容研究③16世紀リュート教則本におけるインタビュレーションの方法の調査と資料収集。特に②の研究からは、多くの教則本資料との比較研究から、ダッラ・カーザが著作において、西洋音楽史上初めて32分音符単位の細かな音価の音符を使用したという仮説が浮上し、そして著作の出版以後、ヨーロッパ全土で32分音符のしようが急速に普及した流れが明らかになった。そこから、細かな音価を用いたディミニューションのヴィルトゥオジティ、そしてそれらが記譜法の歴史に与えた影響のインパクトについて論じることができた。このような、既存の演奏習慣研究の枠を超えた観点を用いた、当時の演奏教則本の研究手法は、今後の研究においても非常に有効であると考える。 また、今年度は3度の学会発表と1つの査読論文の投稿を行った。学会発表は、それぞれ①『ファエンツァ写本』の装飾音型の分析と、15世紀におけるディミニューションの様式性と、16世紀資料との関連性についての考察②ダッラ・カーザ(1584)と、同時代の音楽家のルイージ・ゼノビの書簡を扱った、16世紀後半のディミニューションの演奏美学的位置付けに関する論考③中世より続く装飾の「二分法」とバロック期における特殊性の指摘、それをベースにした18世紀フルートの装飾資料の分析発表、を行った。また、東京藝術大学に提出された論文は、上記研究②の研究成果をまとめたものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
扱いが困難であった教則本資料の言説研究において、期待以上の成果が挙げられたことが最大の理由として挙げられる。実績の概要欄でも述べた通り、これまでの一般的な手法である演奏習慣研究の枠を超え、より広範な理論的・歴史的枠組みの中に研究対象である教則本資料を置いた研究手法は非常に有効である。同様の方法論を用いて他の著作を研究することで、同様の研究成果が期待できるため、次年度はより多くの言説資料にあたり、同様の観点から論考を進めていこうと考えている。 また、年度内に行った3度のヨーロッパでの資料調査(5月:ミラノ、ボローニャ、バーゼル/11月:バーゼル/3月:バーゼル)では、特にリュート教則本資料の収集において期待以上の成果をあげることができた。これらの資料調査から、リュートなどの撥弦楽器、鍵盤楽器、そして管楽器・弦楽器など「各楽器ごとのイディオム・特性の違いに起因する、声楽ポリフォニー演奏の実態の相違」という観点が得られ、そしてその問題、各楽器のイディオムの差と影響関係が、16世紀における各演奏教則本の内容記述において決定的な要因となっていることが指摘できた。この問題は、引き続き本研究の視点の核の一つとして考察されるものである。
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今後の研究の推進方策 |
次年度も、引き続き「言説研究」と「資料調査」が2本柱となるが、残る言説研究を優先的に行うこととする。特に焦点をあてるのは、対位法とディミニューション関係性の考察のためディエゴ・オルティス『変奏論』と、関連する即興対位法に関する著作群、そして「バスタルダ様式」に関する教則本・曲集資料である。声楽ポリフォニーにディミニューションを施す演奏に内在する音楽理論的側面・問題に取り組むため、16世紀の対位法理論書も対象に含めることも視野に入れて研究を行う。また、「奏者の名技性」という問題の考察のため、当時における音楽以外の諸領域(絵画・建築・文学)における名技性の論考を参照対象に含め、より包括的な視野で論考を行なっていく。 また、資料研究に関しては、秋季より数ヶ月間のヨーロッパへの資料調査を予定しており、これまで行なってきた資料調査では未収集だった資料の調査を行う。その過程で、収集資料、特にタブラチュア資料の現代校訂譜の作成を行いつつ、校訂に際し、実際の演奏上の問題を明らかにするために在欧の演奏家へのインタビューを行い、よりpracticalな視点から声楽ポリフォニーの器楽演奏に関する当時の、そして現代の演奏実践における問題を顕在化させる。
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