研究課題/領域番号 |
16J04694
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
櫻井 敦教 東京大学, 生産技術研究所, 特別研究員(SPD)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | nonlinear spectroscopy / proton dynamics / solid oxide / vibrational dynamics |
研究実績の概要 |
プロトン(水素イオン:H+)移動反応は酸・塩基反応、燃料電池の電解質反応、生体系のエネルギー変換など、物理・化学・生命現象において重要な役割を果たす。そのため、プロトン移動反応を制御できれば、反応の高効率化など、広範な応用の可能性が期待される。またプロトン移動の反応過程を実時間で観測すれば、ポテンシャル面や緩和経路など、プロトン移動機構の詳細な情報を得ることができる。 本研究では、固体酸化物中にドープされた重水素のOD伸縮モードの赤外ポンプ・プローブ分光を行った。対象とした固体酸化物はタンタル酸カリウム(KTaO3)である。この物質はペロブスカイト構造をもち、ドープされた水素(重水素)は、最も近い酸素原子と共有結合、次に近い酸素原子と水素結合をする。プロトン移動は1次元の二重井戸型ポテンシャルで記述される。そのため、二重井戸の振動準位に共鳴する赤外パルスを照射すれば、振動励起を引き起こし、プロトン移動を促進することができると考えられる。 測定の結果、0-1振動のブリーチング信号と、1-2遷移の励起状態吸収信号が観測された。1-2遷移の吸収が、固体酸化物中の振動モードで観測されたのは今回が初めてある。またブリーチング・励起状態吸収信号ともに200ピコ秒程度の緩和時間を示し、これは凝縮相中の振動モードの励起寿命としては極めて長かった。このことから、OD振動モードは、KTaO3の格子振動から極めて孤立した状態にあることが示唆された。加えて、1-2遷移周波数は、0-1周波数に対して92cm-1レッドシフトしていたので、OD伸縮振動の非調和性は3.6%と同定された。これからO-H…Oと記述されるプロトン移動のポテンシャル面のプロファイルを、水素結合モデルに基づいて推定した。これらの情報は、プロトン移動の制御を考慮する際の足がかりとなる重要な知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、固体中にドープされた重水素に対してポンプ・プローブ分光を行い、プロトン移動のポテンシャル形状、ならびに緩和寿命の知見を得ることに成功した。これらは本研究の目標である赤外コヒーレント制御を行う上で必須となる重要な情報である。また試料の選定、水素ドープなどの準備も一貫して自ら行い、選定した材料が今回の研究に理想的な系であることを確かめた。本研究は、試料準備から光学系のセットアップ、そして分光実験へといたる作業量の多い実験であるが、研究員は精力的に課題に取り組み、着実に成果を上げることができた。途中、測定器の故障で3ヶ月間、分光実験が止まってしまう事態にも見舞われたが、その間に他の材料の検討を行い、材料の選択肢を広げることもできた。これらを総じて評価すれば、着実な研究の進展があったものと認められる。
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今後の研究の推進方策 |
得られたポンプ・プローブ信号はまだS/N比が低く、再現性が悪いので、信号光強度の揺らぎを小さくするように、光学系の改善を試みる。またスペクトルの温度依存性を調べることで、OH/OD振動モードに対する周囲の格子振動(フォノン)の影響を明らかにする。
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