研究課題/領域番号 |
16J04796
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
武藤 俊 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 前期三畳紀 / 深海堆積岩 / コノドント / 有機質黒色粘土岩 / 海洋無酸素事変 |
研究実績の概要 |
本研究は、生命史上最大の大量絶滅事変からの回復期である中生代初期(前期三畳紀; 2.52~2.47億年前)に、極端温暖化に連動した広域な海洋無酸素事変の発生とその解消が、生態系の再構築過程を支配していた可能性を検証する。そのために、陸域気候と広域な海洋無酸素事変両方を記録する地質記録媒体として前期三畳紀に堆積した遠洋域深海堆積物を用いる。堆積岩中の砕屑物の量や組成は後背地の陸域気候を、無酸素水塊で形成される黄鉄鉱や酸化還元鋭敏元素濃度は海洋無酸素事変を解読する証拠となる。日本には前期三畳紀に堆積した遠洋域深海堆積岩層が存在するが、全て著しく破断・変形しているため、地球史を解読する資料として用いるためには、先ず精密な地質調査の上に初生的な地層の累重関係を復元する必要が有った。今年度は昨年度に引き続き、野外調査と堆積岩の年代を決定するための示準化石の抽出作業を行いつつ、砕屑物の量、組成を知るための薄片観察、元素分析を行った。 大分県津久見地域、栃木県葛生地域、京都府京北地域、徳島県天神丸地域の調査と採取した試料から得られた示準化石により、前期三畳紀を連続的に網羅する深海堆積岩層序を復元した。複数地域の堆積岩層序を比較することで、従来軽視されていた深海堆積岩の岩相の側方変化を評価した。その結果、シリカが集中する層準は堆積物埋没後のシリカの溶解、再沈殿過程の違いに応じて地域間で異なる場合があるが、有機物に富む層準の位置は地域間で一致することが示された。前期三畳紀の深海堆積岩中には広域的に有機物に富む黒色粘土岩が3層準ある。年代にすると約2.52億年前、約2.51億年前、約2.47億年前であり、前期三畳紀の古海水温記録と照らし合わせると、温暖化の極相期とは一致しない。このことは、前期三畳紀において極端な温暖化が海洋無酸素事変を引き起こしたとする仮説を見直す必要性を迫る新知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、主に前期三畳紀の遠洋域深海堆積物層序復元を完成させるための地質調査、示準化石抽出作業、調査で得られた堆積岩試料の元素組成の分析に取り組んだ。日本の各地で見られる前期三畳紀の深海堆積岩層はすべて著しく破断、変形しているため、それらを連続的な層序記録とするために栃木県、京都府、徳島県、大分県でのべ30日に及ぶ調査を行い、堆積岩試料から多数の示準化石を発見し前期三畳紀の深海堆積岩のほぼ連続的な層序を編集した。そして、前期三畳紀に3度、遠洋域深海で有機物に富む黒色粘土岩が堆積したことを示した。一般に、有機物に富む堆積物の存在は海洋無酸素事変を示唆し、極端温暖化の結果と考えられていたが、本研究から示唆された黒色粘土岩の年代は前期三畳紀の温暖化の極相期とは一致せず、遠洋域で無酸素事変を起こすための別のメカニズムの必要性を示唆した。この結果は、海洋無酸素事変のメカニズムに関する従来の考え方に一石を投ずるもので、評価に値する。また、上記のデータ取得作業のほかに、研究成果を発信することにも注力した。栃木県での研究成果を国際誌に公表すると共に、2つの国際学会に参加して、それぞれで口頭とポスター発表を1件ずつ行い、海外の研究者に研究成果をアピールした。 今年度は日本で得られる低緯度遠洋域の深海堆積岩とニュージーランドで得られる南半球高緯度の深海堆積岩が保持する砕屑物の組成および量を比較して、前期三畳紀の陸域気候をそれぞれの緯度で復元する予定であった。しかし、来年度に予定していた遠洋域の海洋無酸素事変の復元に関して、野外調査の段階で先に予察的な情報が得られたため、それに関する詳細な検討を優先した。よって、当初の予定とは進行が異なるが、研究は概ね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
2018年度は、これまでに得た前期三畳紀を網羅する深海堆積岩記録を用いて、陸域気候変動と海洋無酸素事変の消長を復元する。当時の低緯度で堆積した日本の深海堆積岩と南半球高緯度で堆積したニュージーランドの深海堆積岩を用いて、気候帯と無酸素水塊の緯度分布を推定する。これらを同じ地質記録媒体から復元することで、遠洋域で汎世界的な海洋無酸素事変が起きていた時期の陸域の気候帯分布を推定する。 陸域気候変動に関しては、堆積岩中の砕屑性粒子を用いる。砕屑性粒子の粒径を測定し、砕屑物が風成塵として遠洋域にもたらされた粒子であることを確認する。昨年度までの研究で砕屑物の供給が前期三畳紀に増加していたことを示したが、それが風成塵であることを確実に証明することで、乾燥化による風成塵の増加が起きていたことを示せる。また、風成塵はおおよそ緯度ごとに運搬されるため、砕屑物から気候帯の緯度分布を推定することができる。砕屑性粒子のうち、粘土鉱物の化学組成を元に砕屑物の起源である陸域の気候を推定する。分析には、電子線マイクロアナライザーを用い、堆積岩に含まれる粘土鉱物を粒子単位で分析する。 海洋無酸素事変の記録には、堆積岩中の黄鉄鉱の形態と堆積構造の保存度を主に用いる。黄鉄鉱は海水中に無酸素水塊が存在する場合微結晶が集合した特殊な形態をとる。堆積構造の保存度は底生生物の活動度を示し、海底の溶存酸素量を反映する。これらを合わせ、海水中と海底に無酸素水塊が発達した時期を特定する。
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