研究課題/領域番号 |
16J05250
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
大島 岳 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 社会調査 / 当事者研究 / HIV / セクシュアリティ / 社会的苦痛 / レジリエンス / 継承 |
研究実績の概要 |
日本では1997年多剤併用療法の登場によって、HIV陽性者の生存率は劇的に改善し、医学的推測値では陰性者に近い天寿を全うできる状況に向いつつあると言われている。しかし、少数の先行研究では社会のスティグマも健康や寿命に大きな負の影響を持つことが指摘されているが、未解明な部分が多い。むしろ、メンタルヘルスや薬物使用といったSOC(ストレス対処力)に関連する幾つかの側面では反対に悪化していることが明らかになっている。 本研究は、HIVやセクシュアリティ、さらに薬物使用といった重層的なスティグマ経験者や サバイバーと共に、幾つかの質的研究法を用い、どのように苦難やスティグマを乗り越えレジリエンスを獲得してきたかについてのライフストーリーを聴き話し合うことを通じてHIVと共に生きることはどのようなことかを解明することを目的とする。サバイバーの培ってきた経験が、より若い世代の生き方とどのように接続・交流は可能か、継承の観点から分析することによって個人と社会の動態の関連を明らかにする。 以上の目的のために、HIV当事者団体の会報誌を通じて調査協力を募った。20名の調査協力を得て、ライフストーリーインタビューを当事者研究の枠組みでもって行った。現在はデータ分析の途中ではあるが、医療や福祉という枠組みが当事者同士のつながりや主体性、そして自己効力感を剥奪することがあるということが明らかとなり、それに対抗する形で当事者間でのつながりや自助グループの立ち上げなどさまざまなレジリエンス発露のための社会環境を整えてきたことが明らかとなった。しかし、主催者の死やバーンアウト、医療や行政の支援不足によって小さな活動は大きな力を持ち得ず、散発的な状況と少ないながらも現在につながる重要な活動の幾つかの様相を視ることができた。今後詳細にその様相を分析する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
調査協力者20名の聴き取り調査を終え、音声データの文字化と分析は概ね順調に進んでいる。 国内では日本エイズ学会でのシンポジストとして呼ばれ、海外ではオランダの研究者からインタビューを受けたりタイで開かれた国際会議に出席するなど、当事者研究の枠組みとしては当初の想定以上の成果をあげている。 しかし、少数の調査協力者が調査とは別に日常生活のなかで体調不良が生じたことが報告され、ゆえに追加調査を控える必要があるなど想定の範囲内での若干の問題も生じている。 以上幾つかの懸念点はあるものの、それ以上の成果をあげており、研究目的達成のために計画どおり順調に進んでいる。以上の理由をもって、進捗状況はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
国内での調査は概ね終了したが、いくつかの追跡調査を行う必要がある。特に、地域によってHIV陽性者をとりまく医療や福祉環境は多様なため、クリニックやNPOや自助グループなどを重点的に調査していく。以上のことをもって国内的には研究目的を果たせると考えている。 しかし、国際比較と合わせるとどのようなことがいえるのかは未知数である。とくにHIV陽性者のSOC(ストレス対処力)は先進国でも最下位とする研究もあり、海外と比してどのような位置にあるのかという点を解明したい。具体的には、海外のHIV当事者グループ、支援NPOやクリニックを訪問し意見交換を行うことによってその一端を解明したいと考える。 現在想定される問題点は、研究協力者であるHIV陽性者は、薬物依存や逮捕歴に伴う重層的なスティグマを抱えていることが多い。それに伴い、支援に資する社会的資源の圧倒的な不足状況が明らかとなっている。つまり、あれも足りないこれも足りない、といった状況の中で本研究が再スティグマ化に寄与しないためにも、日常生活の中でのインフォーマル資源をどのように用いてレジリエンスを発揮しているか、ということを丁寧に調査していく必要があり、そのことによって上記の問題点は乗り越えることができると考えている。
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