今年度は、建築家アルド・ロッシの(A)1960年代の言説(一部)と(B)1968年前後の言説という2つのテーマを研究範囲に設定した。 (A)は昨年度後期から継続的に行っていたテーマである。具体的には、ロッシが1966年に発表した著作『都市の建築』の文脈や同時代的背景を、同著作が執筆された時期にロッシがヴェネツィア建築大学で助手として参加していた講座「建物の配列的特徴」の講義録を資料として前年度より検討してきたが、今年度はこの研究成果を学会で発表するとともにその後論文としてまとめた。 また今年度から重点的に取り組み始めた(B)のテーマについては、まずロッシが1966年から教師として着任したミラノ工科大学での講義録・ノートを中心に資料の分析を行った。その結果、1968年前後を頂点とする建築学生によるイタリア建築学校の占拠・異議申し立て運動にロッシが教師という立場から共感を持ち、学生達と積極的に対話を行っていたことを明らかにした。戦後建築文化における建築教育の問題は、ポストモダニズムにおける建築形態の議論の陰に隠れてほとんど論じられてこなかった論点であり、本研究は戦後建築史や建築における1968年といったテーマの先駆的研究となり得る。 さらに以上の研究過程で、1968年前後のイタリア建築学校の危機の問題が、同時期にアルド・ロッシを中心に「傾向tendenza」という語を鍵概念として展開されていた議論の背景ともなっていることが明らかとなった。この語はこれまでロッシ建築に代表される建築スタイルを示す語として認知されてきた。これに対して本研究は、戦後イタリア建築文化におけるこの語を巡る言説の時系列的変化を考察し、実際にはこの語が建築学校の危機という文脈において既存の建築教育のオルタナティブを示すものとして用いられていたことを明らかにした。
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