平成28年度は、当初の計画通りに研究を進めることが叶い大きな進展が見られた。とくに上座部註釈文献『法集論註』(Dhammasangani-atthakatha,伝ブッダゴーサ著)を中心に検討を進め、そのなかでも仏滅200余年後に編纂された阿毘達磨論書『論事』(Kathavatthu,モッガリプッタティッサ著)を巡る仏説論を中心に、いくつかの新知見を得ることができた。 また、この成果にともない、諸註釈家のあいだで『論事』を巡る仏説論について見解に相違のあったことが明らかとなり、この事実は上座部における仏説論争を解明する上で重要な一視点になることが期待される。そして、上座部が阿毘達磨の仏説性を主張することは、「阿毘達磨の教理」に基づいて「経典の字義」を再解釈する妥当性・正統性を保証している点が明らかとなり、「上座部における聖典解釈学」という新たな研究課題を得ることができた。 以上の諸成果のうちのいくつかを、平成28年度・平成29年度刊行予定の学術雑誌に既に投稿しており、これらは順次刊行されていく予定である。そして、平成28年度中には国内学会において一件の口頭発表と、一件のポスター発表を行い、有意義なコメントを得ることができた。 また、国内外の大学・図書館などより、今後研究を進める上で必要となる各種資料(パーリ原典、サンスクリット原典、研究書など)を入手もしくは複写することができた。現在、これら収集した諸資料を整理する作業に取り掛かっている。
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