特別研究員以前の私の研究において,脂質分子の自己集合系によって構成される脂質二重膜小胞体リポソームが化学反応の場としてはたらく可能性を明らかにした.この効果はリポソームと反応基質が複数の相互作用を通して複合体を形成し,反応に有利な環境を形成している可能性がわかった.リポソーム-基質間における複数の相互作用の形成は酵素-基質間の相互作用に似ていることから,リポソームを人工酵素として不斉選択的な反応に応用できる可能性を検討した.水―有機溶媒2相系,ミセル系,リポソーム系でそれぞれアルキル化反応を検討したところ,リポソーム系でのみ不斉選択的な生成物 (S体) が得られた.リポソームを構成する脂質を変更したものでも同様の反応を行ったところ,転化率にばらつきはあるものの全ての系でS体が高い選択率 (e.e. > 90%) で得られた.特に興味深い点として,一般によく使用されているL体ではなくD体の脂質によって構成されたリポソームを共存させて反応を行った際にもS体の生成物が出来るという結果が得られた.これらの結果を踏まえて選択性が得られたメカニズムを考察すると,脂質分子のキラリティではなくリポソームが形成する階層的な誘電環境が重要であると考えられる.今回用いた反応基質は親水的な面と疎水的な面に分かれることが報告されており,面の疎水性に従ってリポソーム膜内に配向される.面の方向性と静電相互作用,水素結合性の相互作用などが協奏的にはたらくことによって高い選択性が達成されたものと考えられる. 以上の結果より,両親媒性分子の集合状態を制御することにより,アルキル化反応の転化率や選択性を制御できる可能性を明らかとした.今後,水溶媒中における界面反応を制御する際の手法の一つとしての展開が期待される.
|