本研究課題で開発を行ってきた密度汎関数強束縛(DFTB)法を基とした,量子・古典混合計算手法をアミロイドβの1番目から16番目の残基(Aβ(1-16))からなる分子とZnを含む系に対して適用した。Aβ繊維はアルツハイマー病の原因物質と考えられているが,CuやZnなどの金属イオンの存在下で,その凝集が促進されることが実験により知られている。この際,Aβ(1-16)分子のHisやTyrが金属イオンと結合すると考えられている。この系に対してDFTB法を用いることで実験結果のサポートができると考えられる。 昨年度はシミュレーション中のスナップショットから得られた結果を解析したが,本年度は計算を進め統計的な解析を行った。その結果,古典MDでも示されたGlu,Aspの負に帯電した残基,さらにHis13がZnに多く接近した。一方,His6,His14やTyrはほとんど接近しないことが分かった。次に,His13が選択的にZnと接触した理由を解析するために,隣り合う残基の二面角を求めた。本シミュレーションの結果では隣接残基の側鎖はほとんどの場合で90度以上ずれていた。このことから,たとえば負の電荷を持つAsp7にZnが引き寄せられた場合,隣接するHis6の側鎖はAsp7の側鎖との立体反発により,Znと結合できないということが考えられる。一方,His13に関しては負電荷を持つGlu11との間にVal12を挟むために,Glu11が引き寄せたZnと結合できる確率が高くなると考えられる。このように,実験ではどのHisにZnが接近しているという詳細な情報は得られていなかったが,今回の結果によりHis13が選択的にZnと結合しているという予測を行うことができた。本手法は安価に量子効果を含んだシミュレーションを行うことができるため,多くの生体分子や材料に対して詳細な解析が可能になることが見込まれる。
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