研究課題/領域番号 |
16J05967
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
蘆田 聡平 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 伝播評価 / 分子前期解離 / レゾナンス |
研究実績の概要 |
多体系のシュレーディンガー方程式の散乱において、粒子が2つのクラスターに分かれる場合に伝播評価の方法を適用して、粒子の運動の速度を上下から評価した。また、この伝播評価を用いて、クラスターの運動の方向と運動量の方向が時間が増大するにつれて平行になるという伝播評価を得ることができた。これらの評価に現れる時間減衰の指数に対する条件から、複数の粒子が散乱する過程において異なる散乱の仕方の間での変換の仕方に関して考察した。このようなチャネル間の相互作用が多体系の散乱において重要な役割を果たすことが予想される。 私は電子と原子核が存在するときに全粒子の運動を原子核の運動に帰着させるときに現れる行列型の作用素について考察した。対角成分のハミルトニアンのポテンシャルの片方が井戸を持ち、もう一方が散乱する古典軌道を持ち、ポテンシャル同士が交差する場合はひとつのポテンシャルが作る束縛状態から他方のポテンシャルの散乱状態に徐々に変化していく解があり、分子前期解離と呼ばれる現象に関係している。この分子前期解離において、一つのポテンシャルの井戸に長時間留まる共鳴状態の複素数値の固有値をレゾナンスと言う。私は空間が1次元の場合にこのレゾナンスの位置を詳しく調べた。 本研究では、レゾナンスの正確な位置をhが0に近づくときの漸近挙動として求めることができた。特にレゾナンスの虚部が、hに反比例して井戸と外部領域の間の障壁の大きさに比例する負の指数をもつ指数関数の振る舞いをすることがわかった。私が考えたエネルギー範囲はポテンシャル井戸の底と2つのポテンシャルの交差から離れていて、従来の井戸の周辺で切り取ったディリクレ問題の固有値からの摂動による方法では扱うことができていなかった。レゾナンスの虚部は共鳴状態の寿命に関係しているため、この結果は障壁が大きくなると急激に寿命が長くなることを示しているため重要である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定としては解析的散乱行列と幾何学的散乱行列が一致することを示すために必要と考えられるレゾルベント評価を証明する予定であったが、レゾルベント評価を得るために必要な伝播評価の時間減衰がポテンシャルの減衰と同じオーダーまでしか得られなかった。しかし、この原因の考察から多粒子が存在する場合の散乱では異なる散乱状態の間の変換が重要な役割を果たしていることが予想された。 ボルン・オッペンハイマー近似により得られる行列型の作用素のスペクトルに関しては真正スペクトルの部分に対してMourre評価により特異連続スペクトルがないことを示し、連続スペクトルに対応する解が散乱することを示した。またこのような作用素に対して当初想定していなかったレゾナンスの研究で大きな成果を上げることができた。これにより目指していた解の挙動の解析が予想以上に進んだ。一方で散乱行列の積分核の特異性を示すためのレゾルベント評価の研究は十分な時間が取れずあまり研究が進まなかった。しかし、積分核の特異性が生じる理由に関する考察が進み、粒子が4つの場合は特異性の解析が進める準備ができた。以上のような理由から、当初の計画とは異なる部分があるが、成果は得られているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
行列型のハミルトニアンに関しては今までに得られた散乱や共鳴状態の知見から、ポテンシャルの交差付近での特異性の伝播を考えることにより、電子準位間の波動関数の移り変わりを解析する。散乱行列の特異性に関してはまず粒子の個数が4つである場合に全粒子のレゾルベントを一部の粒子のレゾルベントに帰着させ、レゾルベントの漸近展開に関するWang('03)の結果を用いて、散乱行列の特異性を示す。解析的散乱行列と幾何学的散乱行列が一致することを示すことに関しては、既存の方法で証明するには十分なレゾルベント評価が得られなかったので、弱いレゾルベント評価から証明する方法を模索する。
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