研究課題
次世代医薬として注目されている核酸医薬の実用化に向けて、副作用の低減は最も克服すべき課題であり、標的選択的な細胞内送達システムの開発は、その解決策の一つとして精力的に研究されている。本研究では、この課題を達成・改善すべく、「選択的細胞膜透過」と「選択的薬効発現」を組み合わせた、二重の選択性を有する安全性の高い核酸医薬システムの創成を目指した。具体的には、がんを標的とし、以下の4つの部位(1)高い血中滞留性を有するポリエチレングリコール(PEG)、(2)がん細胞付近に過剰発現するマトリックスメタロプロテアーゼ-9(MMP-9)を基質とするペプチド、(3)アルギニン(Arg)を含む膜透過性ペプチド、(4)所属研究室で開発されたがん選択的に薬効発現する人工核酸であるペプチドリボ核酸(PRNA)、を複合した分子系の構築に取り組んだ。平成28年度は特に、効率的ながん選択的細胞膜透過を実現する分子の開発を目的とし、PRNA以外の3つの部位を組み合わせた分子の設計、合成および機能評価を行った。MMP-9基質ペプチドをがん応答性開裂リンカーとして採用し、リンカーを介してPEGとオリゴArgを連結させた分子を設計した。本系では、PEG修飾によってArgの細胞膜透過性が阻害される一方、MMP-9が存在するがん細胞付近では基質ペプチドが分解されてPEGが放出されることで、Argの細胞膜透過性が発現する。設計したMMP-9応答性PEG複合化ペプチドは、培養細胞レベルでMMP-9依存的な細胞内取り込み能を示し、がん選択的細胞膜透過性を示す有望な候補であることを見出した。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究では、がん選択的細胞膜透過を目指し、がん応答性開裂リンカーとなるMMP-9基質ペプチドを介してPEGとオリゴArgを連結させた分子を設計した。当初、一般的に効果が高いと予想される分岐型構造を有する分子を設計し、そのネガティブリファレンスとして直鎖型構造を比較検討した。その結果、予想外にも、C末端側に平均分子量5000のPEGを、N末端側に7残基のArgを導入した直鎖型MMP-9基質ペプチド(PLGLRS)誘導体が、目的を満たす分子であることを見出した。MMP-9による基質ペプチド切断の速度論解析および切断位置同定は、逆相HPLCおよびMALDI-TOF-MSによって詳細に解析した。最適化した直鎖型MMP-9応答性PEG複合化ペプチドは、MMP-9存在下において約4時間で全ての基質ペプチドが分解され、効率的なMMP-9応答的切断活性を示した。PEG修飾後は、MMP-9による認識と切断の効率が悪くなるとの当初の予想を覆す、期待以上の成果が得られた。また、細胞膜透過性は、共焦点顕微鏡による観察によって評価した。培養細胞レベルでPEGの有無による細胞膜透過性の差異を比較したところ、PEG修飾による明瞭な細胞内取り込み量の減少が観測された。加えて、MMP-9発現細胞株を用いて細胞膜透過性を検討した結果、MMP-9応答性PEG複合化ペプチドは、時間経過による細胞内取り込み量の上昇およびMMP-9阻害剤添加による細胞内取込み量の減少が観測され、MMP-9依存的な細胞膜透過性を示すことが明らかとなった。以上により、予想外の良好なデータが得られた本研究課題は、当初の計画以上に進展していると判断される。
(1)MMP-9依存的な細胞膜透過性の定量的評価。フローサイトメトリーを用いて、MMP-9応答性PEG複合化ペプチドの細胞膜透過性を定量的に評価する。また、MMP-9発現細胞株によって分泌されるMMP-9の発現量を、ゼラチンザイモグラフィーを用いて定量的に評価する。MMP-9の発現誘導剤や発現阻害剤を用いることで細胞が分泌するMMP-9の発現量をコントロールし、ペプチドの細胞内取り込み量とMMP-9発現量との相関を定量的に評価する。(2)MMP-9依存的な細胞膜透過性の機構解明。動的光散乱法を用いた粒子径やゼータ電位の測定等によって、PEG修飾の有無による明瞭な細胞膜透過性の差異の機構を明らかとする。(3)PRNAの導入。得られたMMP-9応答性PEG複合化ペプチドに対してPRNAを導入し、二重の安全性を有する核酸医薬システムの開発を行う。マイクロRNA(miRNA)を標的とした評価系を対象として、PRNAを含むanti-miRNAを導入し、培養細胞レベルで遺伝情報の発現制御を試みる。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (3件)
Chemistry Letters
巻: 45 ページ: 350-352
http://dx.doi.org/10.1246/cl.151157