研究課題
癌化した大腸上皮組織では腺管構造の破綻によりいくつかの特徴的な病理学的構造異型を示し,現在の腫瘍診断学はこうした組織学的異常を拠り所にしている.一方で,癌悪性度の本質は種々の遺伝子変異の獲得に起因する制御不能な増殖や,浸潤・転移能の獲得といった機能的な変化である.このような遺伝学的変化を基盤とする癌細胞固有の性質と,組織形態を元にした分類との相関には未だ科学的根拠が得られておらず,癌悪性化と組織レベルでの構造変化を結びつけた統合的理解が求められている.しかし,従来の研究ツールである大腸癌細胞株ではその構造異型を再現することは困難であり,また,実験動物を用いた腺管構造異型の分子機構解析も報告がない.そこで本研究では,消化器幹細胞の新規培養法であるオルガノイド培養技術により大腸癌の構造異型を再現し,構造異型の原因とその病態悪性度との相関を明らかにすることを目的として,研究を遂行してきた.今年度は,CRISPR/Cas9システムを用いて構造異型に関わる候補遺伝子の1つであるFBXW7の遺伝子改変を行い,続く免疫不全マウスへの移植により体内・体外での構造異型の再現に成功した.また,構造異型と癌悪性度との相関を検証するため,FBXW7遺伝子変異導入前後の細胞を異種移植し,免疫不全マウス体内への細胞生着率および肝臓への転移能を比較した.その結果,FBXW7遺伝子変異の導入により肝臓への転移能力が亢進されることが明らかとなった.さらに,大規模がんゲノム解析プロジェクトの成果として公開されている大腸癌患者276例のデータベースから遺伝子変異と病理学的所見との相関性を解析し,この結果からもFBXW7遺伝子が大腸癌の構造異型に関与することが明らかとなった.これらの研究成果は,第75回日本癌学会学術総会にて発表した.
2: おおむね順調に進展している
本研究では大腸癌の形態変化と悪性化に関わる遺伝学的変化を同定することを目的としている.今年度までに1つ目の候補遺伝子変異について解析し,in vitroとin vivo双方において当該遺伝子変異が大腸癌の構造異型および転移能獲得に寄与することを証明した.TCGAデータベースと当研究室のオルガノイドライブラリーの情報を併せた包括的な遺伝子変異探索も行い,初年度の研究計画を順調に達成している.
今年度までにFBXW7遺伝子変異が大腸癌組織の重層化・篩状化に関わることを明らかにしたが,その他にも特徴的な病理所見として未分化構造をとる癌が存在する.今後は未分化型の癌で見られる遺伝学的変化に着目し,同様に遺伝子改変や異種移植によってその遺伝子変異に付随する形質変化を検証し,未分化癌の病態解明を目指す.また,作成したFBXW7遺伝子変異株の遺伝子発現変化等の情報から,FBXW7遺伝子の変異が癌の形態異常や悪性化を誘導する詳細な分子メカニズムを探索する.
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (1件) (うち国際学会 1件)
Cell Stem Cell
巻: 18 ページ: 827-838
10.1016/j.stem.2016.04.003