研究課題
癌化した大腸上皮組織では腺管構造の破綻によりいくつかの特徴的な病理学的構造異型を示し,現在の腫瘍診断学はこうした組織学的異常を拠り所にしている.一方で,癌悪性度の本質は種々の遺伝子変異の獲得に起因する制御不能な増殖や,浸潤・転移能の獲得といった機能的な変化である.このような遺伝学的変化を基盤とする癌細胞固有の性質と,組織形態を元にした分類との相関には未だ科学的根拠が得られておらず,癌悪性化と組織レベルでの構造変化を結びつけた統合的理解が求められている.そこで本研究では,消化器幹細胞の新規培養法であるオルガノイド培養技術により大腸癌の構造異型を再現し,構造異型の原因と病態悪性度との相関を明らかにすることを目的として,研究を遂行してきた.昨年度までに,CRISPR/Cas9システムを用いて構造異型に関わる候補遺伝子の1つであるFBXW7の遺伝子改変を行い,続く免疫不全マウスへの移植により体内・体外での構造異型の再現に成功した.また,FBXW7遺伝子変異の導入により肝臓への転移能力が亢進されることを明らかにした.今年度は,FBXW7遺伝子変異が癌の形態異常や悪性化を誘導する原因を探索するため,遺伝子変異導入前後でのマイクロアレイ解析を行った.その結果,FBXW7遺伝子変異導入後の細胞ではHIPPOシグナルで知られるYAP/TAZのターゲット遺伝子群が優位に活性化することが明らかになった.YAP/TAZシグナルは発生における形態形成や組織障害時の組織構造の再形成に寄与することが知られている.さらに,大腸癌オルガノイドライブラリー(Fujii et al., Cell Stem Cell, 2016)42ラインの遺伝子発現データにおいてGene Set Enrichment Analysisを行った結果でも,FBXW7変異を有する癌で優位なYAP/TAZシグナルの活性化が認められた.
2: おおむね順調に進展している
本研究では大腸癌の形態変化と悪性化に関わる遺伝学的変化を同定することを目的としている.今年度までに候補遺伝子FBXW7の変異導入による構造異型および悪性形質変化の再現を達成し,それらの表現型を誘導する因子の探索を進めた.今後はYAP/TAZシグナルやFBXW7のユビキチン化ターゲットを中心に,構造異型および悪性形質変化を誘導する詳細な分子メカニズムを追究していく.
今年度までにFBXW7遺伝子変異が大腸癌組織の重層化・篩状化に関わることを明らかにし, 当該遺伝子変異がYAP/TAZシグナルの活性化を誘導することを発見した.しかし,これまでの検証ではFBXW7遺伝子変異が構造異型および悪性形質変化を引き起こす分子メカニズムについての説明が不十分である.最終年度は,YAP/TAZシグナル関連因子および既知のFBXW7ユビキチン化ターゲットについて過剰発現・遺伝子ノックアウトの実験を行い, 遺伝子の異常による癌悪性化と組織レベルでの構造変化を結びつけた統合的理解を目指す.
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (1件)
Cell Stem Cell
巻: 22(2) ページ: 171-176
10.1016/j.stem.2017.11.012.
巻: 22(3) ページ: 454-467
10.1016/j.stem.2017.12.009.
Nature
巻: 545 ページ: 187-192
10.1038/nature22081