今年度は,本研究課題におけるコアサイトである神奈川県丹沢山地において,以下の2つの課題に取り組んだ.なお,昨年度に重点的に取り組んだベイズ状態空間モデルを用いた狭域空間スケールにおけるニホンジカの密度変化の推定については,今年度,その成果をまとめた論文が国際誌に受理された. 1.広域空間スケールにおけるニホンジカの密度変化を示す指標の検討 丹沢山地で捕獲された冬季のシカの幼獣の体重を解析した結果,狭域空間スケールでの密度の増減傾向に関わらず,冬季の幼獣の体重は増加傾向にあった.これは,先行研究で既に示されている丹沢山地全域におけるシカの生息密度の低下を支持するものであると考えられた.ベイズ状態空間モデルを用いた狭域空間スケールにおける密度推定では,管理エリア全域のような広域の密度推定も同時に行うことが可能であるが,そのような派生的なパラメータに推定精度の低いものが一部含まれてしまうと,派生的なパラメータの推定精度は大きく減少する.そのような背景の下,今回示したような密度変化に敏感に反応するシカの計測データを指標として活用が,シカの広域における密度変化の評価に有効であると考えられた. 2.次世代シーケンサーを用いたDNAバーコーディングによるニホンジカの採食植物の同定 次世代シーケンサーを用いたDNAバーコーディングによって丹沢山地で捕獲された30個体のシカの第一胃内容物中に含まれていた植物種の同定を試みた結果,神奈川県のレッドデータブックにおいて絶滅種に分類されている,ユクノキを始めとする,全61種の植物が検出された.さらに,目視による調査では採食痕が発見しづらい高木の木本植物や,茶の新葉も多くの個体の胃内容物中から検出された.本手法は,従来の目視に基づく手法では評価が難しい,希少植物へのシカの採食インパクトや農林業被害などを測る上で指標となる植物種の選定に有用であると考えられた.
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