研究課題/領域番号 |
16J06522
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
西村 友里 奈良女子大学, 人間文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 摂食行動 / 概日リズム / エストロゲン / セロトニンニューロン |
研究実績の概要 |
我々の研究チームでは、閉経後肥満の予防・改善策の発見を目指し、卵巣ステロイドの一種であるエストロゲンの中枢性作用機序について研究してきた。これまでに、エストロゲンによる摂食行動の抑制は、卵巣摘出ラットにおいて、明期の特定の時刻帯にのみ出現することを発見している。従って本研究課題では、エストロゲンの中枢性作用機序は、概日リズムを制御する神経集団を仲介するのではないかと考え、脳の視交叉上核(SCN)のニューロン及びセロトニンニューロンの神経活動においてエストロゲンがどのような影響を与えるかを明らかにする。 本年度の研究では、エストロゲンの摂食抑制作用のメカニズムはセロトニンニューロンを仲介するのではないかと考え、この仮説を検証した。まず、卵巣摘出ラットにおいて、セロトニンニューロンに対して選択的毒性を持つ化合物5,7-dihydroxytryptamine (5,7-dht)を脳室内に投与することにより、脳内でセロトニンニューロンを枯渇させた(セロトニンニューロンが選択的に枯渇されたことは、免疫組織化学法で確認することができた)。これらのラットを用いて、エストロゲン処置による摂食行動への効果を調べることにより、エストロゲンの摂食抑制作用においてセロトニンニューロンが必要かどうかを調べた。 結果は、仮説を支持するものだった。具体的には、(1)セロトニンニューロンの選択的枯渇によって、エストロゲンによる明期の摂食抑制効果が減弱された。また、(2)セロトニンニューロンの選択的枯渇は、概日リズム形成核である脳の視交叉上核(SCN)において、エストロゲンの作用を消失させた。以上の結果は、概日リズムに依存したエストロゲンの摂食抑制作用には、セロトニンニューロンが必要であることを示す。本年度の研究によって、エストロゲンの摂食抑制作用のメカニズムを特定するための手がかりを得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度に計画していた研究は、期待通りに全て行うことはできなかった。その原因は、技術的問題が発生したためである。具体的には、脳定位術による薬剤投与実験の手技を確立する際、麻酔薬と投与薬剤の相互作用によりラットが死亡する事態が重なり、麻酔薬の量を減らすなどの改善策を見出す必要があった。そのため、予定していた実験を行い、結果を得られたものの、解析のためには個体数が足りないため、追加実験を行う必要がある。 追加実験が必要ではあるものの、本年度の研究から、我々の立てた作業仮説を支持する結果を得ることができた。これまでに多くの文献で、中脳Rapheでのセロトニン産生がエストロゲンによって促進されることが報告されているため、本年度に得た結果は、それらのエビデンスを強化するものとなった。また、我々の以前の研究では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)も、エストロゲンと同様に、明期に摂食行動を抑制することを示している。以上のデータを合わせると、概日リズムに依存したエストロゲンの摂食抑制作用はセロトニンニューロンの活動を仲介していると結論付けることができる。 さらに、エストロゲンの作用を受けたセロトニンニューロンが、どのようにして概日リズムに影響するかを明らかにするための手がかりとして、脳の視交叉上核(SCN)が関与することを示唆する結果を得た。従って、今後はSCNにおけるセロトニンニューロンの役割に着目して研究を進める。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、SCNにおけるセロトニンニューロンの役割をエストロゲンがどのように修飾するかを調べる。その第一の可能性として、SCNに発現するセロトニン1A受容体が慢性的なエストロゲン処置によって脱感作するのではないかと推測できる。その根拠として、(1)セロトニンニューロンはSCNにおいて外界の光に対する応答を抑制するのに対して、(2)エストロゲンはセロトニンニューロンの活動を促進することによりSCNの光応答を促進する点が挙げられる。1と2は矛盾するエビデンスのように思われるが、セロトニンニューロンの活動がエストロゲン処置により持続的に高まることによって、SCNで発現するセロトニン受容体が脱感作を生じると考えれば、辻褄が合う。実際に、エストロゲン処置によるセロトニン1A受容体の脱感作は、脳の室傍核領域のニューロンですでに報告されているため、SCNでもこのような現象が十分に起こり得る。 以上の理由により、次年度には、SCNにおけるセロトニン1A受容体の機能がエストロゲンによって失われるかを検証する。そのために、まずSCNにおけるセロトニン1A受容体の機能を確かめる必要がある。その機能とは主に概日リズム制御であり、セロトニン1A/7受容体のアゴニスト(8-OH-DPAT)をげっ歯類に投与すると位相のズレが生ずることがわかっている。従って、我々は最初に、8-OH-DPATによる位相のズレに、エストロゲンの影響があるかを解析する。予測通りの結果が得られたならば、SCNでの分子時計の遺伝子発現について調べ、摂食行動にどのように影響するのかをさらに追求する。 また同時に、SCN以外で、摂食行動の概日リズム調節に関与する領域においても、セロトニンニューロンの作用を調べる。以上、今後は、エストロゲンの摂食行動調節におけるセロトニンニューロンの役割を具体的に調べる予定である。
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