本研究は、若者の出稼ぎによる離村の常態化が起こっている現代農村の社会生活を、現地の文脈に即した形で理解し記述することを目指したものである。昨年度での研究成果と課題を踏まえ、平成29年度には文献研究および現地調査を通して問いをさらに精緻化させ、現地の日常/非日常生活を、「非境界的集合体」の生成/消滅の動的過程として捉えるという研究視座の構築を行った。 この視座のもとに新たに見いだせたのが、たとえば、調査村の各家の門はふだん開け放たれていることであり、友人や親戚が何の前触れもなく勝手に入ってきて、家主に勧められたイスに腰かけ、ひとしきり話をするとすっと立ち去るというような光景であった。調査村では、農作業や家事の手伝い等に関しても制度的な相互扶助や労働交換は存在しておらず、個々人の関係性とその時の都合に応じて人々は協力し、また世間話に花を咲かせる。そして、既往のコミュニティ論や共同体論の発想では十分に掬い上げることができていなかったこのような現地の日常生活の情景、生活の息遣いやリズムを、本研究では「韻律」という語彙によって焦点化することを試みた。 平成29年度、申請者は以上の研究成果の一部として、日本文化人類学会研究大会での口頭発表を行い、また、『国立民族学博物館調査報告』に中国語論文を発表した。そして、本研究課題の集大成として、博士論文「共同体なき社会の<韻律>――中国南京市郊外農村における非境界的集合をめぐる民族誌的研究」を提出した。
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