研究課題/領域番号 |
16J06619
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
山下 大喜 大阪府立大学, 工学(系)研究科(研究院), 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | フォトニック結晶 / ナノ共振器 / シリコンラマンレーザ / 非線形光学効果 / 時間領域測定 / モード結合理論 / 半導体プロセス技術 |
研究実績の概要 |
電子技術と光技術が融合した高性能シリコン(Si)チップの実現に向けてSiレーザ研究が盛んに行われてきた.しかし,間接遷移型半導体であるSiはレーザや光増幅器の開発が困難であり,誘導ラマン散乱を用いたラマンレーザが現在唯一のバルクSiレーザである.2013年,我々は2次元フォトニック結晶高Q値ヘテロ構造ナノ共振器を用いて,1 μWの超低閾値で連続発振するSiラマンレーザを開発した.現状,このレーザの出力は数百ナノワット程度で飽和してしまうため,高出力化は特に重要である.今後,Si光配線や近接センサなどの極小パワー応用を考えた場合でもマイクロワット程度の出力が必要となる可能性が高い.そこで,本研究では,Siラマンレーザの産業応用可能性を高めるために,高出力化を主な研究目的とし,現状の約30倍である10μWの出力を目標としている.前年度までは,2光子吸収と自由キャリア吸収がレーザ出力の損失に与える影響について調べてきた.一方で,このデバイスの発振メカニズムについてはいまだ不明な点が多いため,今年度はまず,ラマンレーザの時間領域測定を行うことで,レーザ発振の時間変化や吸収損失の影響を調べた.その結果,励起強度や励起波長によって,レーザ出力が定常状態になるまでの過程やその値が変化することが判明した.これらの原因を特定するために,モード結合理論を用いた数値計算を行い,強励起領域では2光子吸収と自由キャリア吸収の影響が大きくなり,レーザ出力が下がることに加えて,屈折率変化による共振波長シフトによっても出力が下がることを明らかにした.また,2光子吸収や自由キャリア吸収を抑制するために,体積を増やした共振器構造の利用も試みた.共振器内光密度が低下し,ラマン利得も下がってしまうことが予想されたが,レーザ発振が確認できた.さらに,共振器構造が大きくなるとレーザ出力が向上する傾向も明らかになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は以下の3点での進展があったと考えている. 1. 時間領域測定を用いて,2光子吸収と自由キャリア吸収以外のレーザ出力損失メカニズムがあることを明らかにした. 2. モード結合理論による数値計算を行い,強励起領域において,2光子吸収と自由キャリア吸収損失に加え,屈折率変化による共振波長シフトがレーザ出力損失要因になることを特定した. 3. 非線形吸収を抑制するために,体積を増やした共振器構造のレーザを設計・作製し,レーザ出力向上の傾向を確認した. 前年度までに,Siのラマンシフトの高精度絶対値測定を行い,デバイスの共振モード周波数設計を最適値に近づけることで,400 nW程度の最大出力を達成していたため,今年度は,発振メカニズムや損失メカニズムを明らかにすることに重点を置いて研究を行ってきた.その結果,上記1,2に示すように,従来の知られている非線形吸収とは異なる損失原因を明らかにすることができた.また,励起波長や励起強度に対する発振メカニズムについても明らかになってきている.これらを踏まえた上で,今後の高出力化に向けた研究を行っていくことで,より効率的に目標に近づけると考えている.さらに,上記3に示すように高出力化に向けたデバイス構造の改良も行い,レーザ出力が向上する傾向を確認できている.一方で,他のデバイス性能パラメータと合わせた最適化までは行えなかったため,最大出力の更新には至らなかった.以上を踏まえ,本研究の現在までの進捗は,おおむね順調に進展している,と考えている.
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今後の研究の推進方策 |
現在までに,発振メカニズムと,高出力化を目指す上で重要な強励起域における出力損失原因について実験と計算で調べてきた.その結果,2光子吸収と自由キャリア吸収損失に加え,屈折率変化による共振波長シフトがレーザ出力損失要因になることがわかった.一方で,強励起域(発振閾値の4倍以上の励起強度)において,励起波長に対する振る舞いで未だ分かっていないレーザ発振メカニズムがあるため,引き続き実験と計算を行い調べていく.また,今年度に引き続き,共振器体積を大きくすることによる出力の向上を目指す.共振器長を長くすることによる非線形吸収損失の抑制について,共振器長を長くすることによる効果の限界を確認する.また,共振器の幅を広げる,シリコン薄膜を厚くするといった手法にも合わせて取り組む.さらに,上記の高出力化に向けた研究を進めながら,ラマンレーザの産業応用性を高めるためにインコヒーレント光であるSuper luminescent diode(SLD)光源でのレーザ発振の実証にも取り組む.SLD光源による励起によって,励起波長選択性,温度安定性,歩留まりの向上を見込んでいる.また,現在はレーザ光を励起光源とする光励起型のデバイスであるが,このようなインコヒーレント光でのレーザ発振が可能になると,Si LEDを利用して,将来的な応用範囲の広い電流注入型レーザを開発できる可能性にも繋がると考えている.
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