研究課題/領域番号 |
16J06799
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
李 怡然 東京大学, 学際情報学府, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 遺伝性疾患 / 告知 / 家族 / 血縁 / 遺伝差別 / 医療社会学 / 生命倫理 |
研究実績の概要 |
本年度は、遺伝性疾患のリスクの告知に関する情報収集と先行研究の整理、予備的調査を中心に研究を進めた。 遺伝医学の医師・研究者、遺伝カウンセラーが出席する国際学会European Society of Human Genetics (2016年5月)にて学会報告を行った際に、国内より医学研究の推進が著しい欧州の最新の動向や、当事者団体の活動状況の情報を収集した。海外の先行研究を検討した結果、告知の意思決定に影響を与える可能性のある要因として、遺伝差別(genetic discrimination)の問題が指摘されていることを発見し、差別の経験や不安にも焦点を当てる必要性があるとの示唆を得た。 予備的調査として、国内において、症状の現れ方や治療法の有無等が異なる遺伝性疾患、先天性疾患、障害をもつ複数の患者と家族への聞き取り調査を行い、発病・看病、差別の経験や告知の意図について尋ねた。さらに、リスクを引き継ぐ可能性のある若手世代のat-risk者から、病気のことを知った時期や受け止め方、遺伝子検査受検の意向、就職や結婚、出産等の選択について聞いた。 文献調査および聞き取り調査から、海外の先行研究が主眼に置いていた保険・雇用分野での差別のみならず、国内では結婚や出産といった親密圏での関係性構築に差し障るケースがあると判明した。こうした家族形成をめぐる葛藤に対し当事者はどのような対処戦略をとり、リスクの告知のタイミングや方法に影響を与えるかは、更に掘り下げるべき探求課題である。 告知に関する論点については、British Sociological Association Medical Sociology Study Group (2016年9月)、日本社会学会大会(2016年10月)にて報告するとともに、英語による論文を執筆し国際学会誌に投稿、現在査読中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
遺伝差別(genetic discrimination)という新たな概念が告知を探求する上で重要であると発見し、当初の計画より展望が広がった。また、当初想定していた疾患だけでなく、遺伝のパターンが異なる遺伝性疾患、染色体異常、遺伝性ではない障害・病気についても比較検討することで研究の視覚が広がった。調査協力者となる当事者団体の会合や座談会に継続的に参加し、信頼関係を形成するとともに、予備的調査として患者・家族に聞き取りができたことで、本格的な調査に向けた質問項目の絞り込みにつながったという進展があった。 ただし、医学研究の環境変化について、過去と現在を比較するという視点については、まだ十分に深めることができていないという課題がある。また、遺伝カウンセラーや医師・研究者といった専門家の側にアクセスができていないという限界がある。時代による変化や、当事者と専門家の意識の相違についても今後は探求していく必要性がある。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の課題を踏まえ、過去の状況と、近年の当事者をとりまく社会や医学・医療の変化について考察しつつ理論的に検討していくことが目標である。ゲノム医療の急速な推進、ゲノム編集という新しい技術の登場による医学研究の環境変化、少子化に伴う家族形態の変容、インターネットやSNSの普及といった若手世代をとりまく情報環境の発展を踏まえて、当事者にとっての遺伝情報の意味付けや告知の現代的なあり方を解明していく予定である。 2017年度は調査対象の疾患とリサーチ・クエスチョンを絞り込み、本格的な調査を実施する計画である。
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