研究課題/領域番号 |
16J06799
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
李 怡然 東京大学, 学際情報学府, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 遺伝性疾患 / 告知 / 家族 / 血縁 / リスク / ゲノム医療 / 医療社会学 / 生命倫理 |
研究実績の概要 |
遺伝性疾患の患者・家族をとりまくゲノム医学研究・医療の変化と現状について文献の検討を進め、研究計画の枠組みを固める段階に至った。その一貫として、1990年代の米国を出発点に成立した患者・家族の「知らないでいる権利」を尊重するという規範について、現代に至るまでの変遷過程と今後の展望について、国際的な影響力をもつ米国の学会の指針、勧告等の文献資料を中心に整理した。 その結果、2000年代半ば以降のゲノム解析技術の劇的な革新を経て、特に2010年代以降、予防・治療法が存在する疾患の発病リスクを血縁者に告知することを、医療者が患者に推奨する流れが加速化していることが明らかになった。なかでも効果的な予防・治療法の存在する遺伝性疾患の代表例とされる、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer: HBOC)は、原因遺伝子であるBRCA1/2が陽性である患者にとって効果的な新薬が登場したことから、今日のゲノム医学研究・医療の恩恵を直接的に受けつつある疾患であると言える。 以上の検討過程を経て、研究計画を立案し、所属研究機関の倫理審査委員会の審査を受け、実施許可を得た後、HBOC患者・家族を対象とするインタビュー調査を開始した。 結果として、患者はがんの早期発見や予防の選択につながることを期待し、子やきょうだい、親などの血縁者にリスクを告知することには概ね肯定的であった。ただし、子や血縁者に医療や遺伝の知識がある場合には積極的に告知をするものの、知識がないもしくは低関心の場合は、告知に消極的であるか困難を感じており、医療従事者による支援を求める傾向があると分かった。血縁者への告知と検査を受検してもらうことへの希望については、患者自身の家族歴や、医療関係の職業経験、医学研究・医療の発展への期待感が背景として影響していると示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
先行研究の検討と、ゲノム医学研究・医療の環境変化に関する国内外の文献の分析を経て、研究計画の立案と、理論的な背景の整理に至った。「知らないでいる権利」という権利概念の変遷ならびにゲノム医学研究・医療の発展を経た展望について、医療社会学、生命倫理の先行研究を踏まえて考察した内容は、学術誌に投稿し、現在査読中である。また、親から子への告知という論点に関して、以前実施したインタビュー調査のデータを再分析した結果は、Health Expectations誌に原著論文として掲載された。 加えて、遺伝性疾患の患者・家族を対象とする予備的なヒアリング調査の限界と課題点を踏まえた上で、リサーチ・クエスチョンの設定を行ない、本格的なインタビュー調査の実施、分析まで進むことができたという大きな進展があった。ただし、患者本人が遺伝学的検査を受検していない、または受検に消極的な層にアクセスできていないといった限界点に加え、患者の血縁者、パートナーに関しても更に聞き取りを追加し、告知への態度や受け止め方を探求するという課題点が残されている。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、現在実施しているインタビュー調査と分析を並行して進めるとともに、医師や認定遺伝カウンセラー等の医療従事者を通じて調査協力者を募集し、検査に対する関心度や当事者との接触経験によって、告知への態度に差異がみられるかどうか、比較検討を行うことを試みる。本研究の調査で得られたデータの分析をより精緻に進め、得られた成果をもとに学会発表、論文の執筆を行う予定である。
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