本年度は、家族内における遺伝学的リスクの「告知」の社会学的研究を立ち上げる基盤として、概念整理と分析枠組みの構築に取り組んだ。海外の先行研究の整理をもとに、(1)告知を行うかどうかの意思決定(促進/阻害要因)、(2)告知のパターン・戦略、(3)告知後の血縁者へのはたらきかけ、をプロセスとして捉え、疾患横断的に比較検討が可能となる議論のプラットフォームを構築することを試みた。国内の遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の患者・家族を対象とするインタビュー調査の結果と、既存研究の知見を統合し、分析枠組みを図に示した。 本年度までに累計で、遺伝学的検査(確定診断)を受けて陽性だと判明した患者14名、血縁者4名、患者の男性パートナー3名の計21名の調査協力者に対し、個人での対面による半構造化面接を実施した。 結果として、「リスク告知」の (1)意思決定においては、検診による早期発見、予防・治療法が存在するという「対処可能性」が、血縁者への情報共有の選択を促進する一方で、子の将来の結婚や出産に影響することへのおそれが、告知を行う上での障壁となっていた。(2)告知の戦略は、専門的な知識を含めて情報共有するオープンなスタイルから、乳がん・卵巣がんの病名のみ伝える限定的なスタイルまで幅があること、(3)告知後の血縁者へのはたらきかけについては、血縁者が遺伝学的検査を受検することを期待・推奨する「指示的」な傾向から、遺伝学的検査の受検を勧めない「非指示的」な傾向に分類できることが明らかになった。 調査結果については、イギリス社会学会医療社会学部会、東アジア社会学会等にて学会報告を行ったほか、分析枠組みについて考察した内容を学術誌に投稿した。また、「知らないでいる権利」という権利概念の変遷ならびにゲノム医学・医療の発展を経た展望を考察した論文は、『保健医療社会学論集』に掲載された。
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