研究課題/領域番号 |
16J06812
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
壁谷 尚樹 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | ゲノム編集 / ノックアウト |
研究実績の概要 |
長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)代謝経路を完全に明らかにすることは、ノックアウト魚の脂肪酸代謝系が実際に野生型と比較してどのように変化したのかを解釈する上で重要であると考えられるため、本研究においてはまずその経路における不飽和化酵素活性の強度を確認することとした。酵母発現系を用いた解析の結果、ゼブラフィッシュ不飽和化酵素は、18:3n-3に対するΔ6不飽和化活性と同程度の活性を24:5n-3にも示すことが明らかとなった。そのため、ゼブラフィッシュ不飽和化酵素遺伝子をノックアウトした場合、EPAからDHAを合成する経路も不全になると予測された。しかし、海産魚のニベにおいては18:3n-3に対するΔ6不飽和化活性のみしか検出されず、この種においては不飽和化酵素遺伝子をノックアウトしても、EPAからDHAへの合成系には影響がないと予想された。 続いて、実際にゼブラフィッシュに対するノックアウト実験を行なった。まず、CRISPR-Cas9システムの作動性を確認するため、メラニン合成を行う黒色素胞のpH調整に重要な働きをするslc45a2遺伝子のノックアウトを試みた。ゲノム編集により得られた孵化仔魚のうち、42個体(87.5%)が白色化し、CRISPR-Cas9系によるノックアウトが正常に作動していることが確認された。 さらに、実際に脂肪酸代謝酵素遺伝子のノックアウトを試みた。ゼブラフィッシュ脂肪酸代謝酵素のゲノム構造をNCBIから入手したのち、PAM配列、オフターゲット等を確認し、変異導入位置を決定した。合計83個の受精卵にガイドRNA、トレーサーRNAおよびCas9タンパク質を注入した結果、受精後1日目で生残卵が60個、2日目で49個(59%)であった。コントロール区における受精後2日目の生残率は81%であるため、インジェクション個体は生残率が低下することが強く示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度はゲノム編集に用いる予定であるゼブラフィッシュおよびニベの不飽和化酵素の活性を解析した。また、実際にメラニン合成系に関わる遺伝子のノックアウト実験をゼブラフィッシュを用いて行った。ゲノム編集においては、色素欠損個体の作出が確認されたため、本研究室においてもゼブラフィッシュのゲノム編集系が動作するということが確認された。一方で、不飽和化酵素遺伝子のノックアウトにおいては、非インジェクション個体と比較して、生残率の低下が認められた。そのため、不飽和化酵素遺伝子ノックアウト個体と非ノックアウト個体の脂肪酸組成の比較等を行うことができず、当初の予定を半年ほどずらす必要が生じた。そこで、本年度の評価を(3)のやや遅れている、とした。しかし、この生残率の低下に関しては、技術的な改良により十分に改善できると予想しており、今後は細かい点を含めてマイクロインジェクションの工程を見直す予定である。また、繰り返しインジェクションを行うことで必要な個体数を確保することも可能であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
ヘテロ二本鎖移動度分析により解析した結果、受精後2日目の卵においては、49個体中46個体(94%)で明瞭な切断が確認されたため、ゲノム編集の効率そのものは十分に高いことが予測されている。そのため来年度はこのガイドRNAをインジェクションした個体を成熟サイズまで育成し、F1世代を得ることでノックアウト系統を作出する予定である。F1世代においてホモノックアウト個体が得られない場合は、F1同士の交配により、ホモ個体を作出し、それを解析に用いる。作出したノックアウト系統と非ノックアウト系統の生残、成長、脂肪酸組成等を比較することで、実際に不飽和化酵素遺伝子のノックアウトによりどのような影響が生じるかを解析する。脂肪酸組成の比較においては、肝臓や脳といった、特にLC-PUFA合成にとって重要と考えられる組織ごとの比較も行う。また、内在性の脂肪酸代謝がどのように変化したのかを解析するために、放射性同位体で標識された脂肪酸を用いた代謝実験も計画している。本実験においては不飽和化酵素遺伝子のノックアウトを行なったが、今後は鎖長延長酵素遺伝子のノックアウト作出も行う。また、本研究の最終目的である海産魚におけるゲノム編集の準備段階として、産卵用個体の飼育や、変異導入遺伝子の決定、またそのガイドRNAのデザイン等も進めていく予定である。
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