研究課題/領域番号 |
16J06988
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
松尾 愛 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 受動構文 / 受動分詞 / 自動詞 / 通時的変化 |
研究実績の概要 |
古典アラビア語(以下CAと記す)と現代書き言葉アラビア語(以下MSA)の内部屈折を用いる受動構文およびそれに類する構文(受動分詞構文、in-接辞付加形動詞(以下第VII形動詞)、第一子音の後にt-が挿入される動詞(以下第VIII形動詞)、語頭にt-接辞を付加し、第二語根を重音化させる動詞(以下第V形動詞)をそれぞれ用いた構文)の用例分析を通じて、その用法、機能に、どのような通時的変化が存在するのかを明らかにすることを研究の目的としている。 初年度の研究実施計画に従い、『アル=クルアーン』のほか7世紀の歴史家の著作物からも受動構文など対象とする用例収集を進めた。同時にMSAの用例収集は複数の新聞のほか、現代文学作品を対象に進めた。計画に記したように「規範」的とされる学校教科書に見られる当該構文の収集も進めた。 収集した構文について、主語のタイプ、テンス・アスペクトの分析、意志性、被動作主への影響度の度合いなどの観点から分析を行った。CAではとりわけ受動分詞構文の出現頻度が低い結果となった。その時代の特徴であるのか、対象テキストのジャンルによる制約なのか改めて考察する必要がある。 また、収集したMSAの用例を中心に、受動文への言い換え、またはその逆、および受動分詞構文への言い換え可能性についてのインフォーマントへの小規模調査も行った。多くのケースで言い換え可能性が低いことも明らかになってきた。明示されない動作主の存在を発話者ないし書き手がいかに認識しているかと構文選択が大きく関係していると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初2016年8月までにCAおよびMSAの内部屈折を用いる受動構文およびそれに類する構文(受動分詞構文、in-接辞付加形動詞(第VII形動詞)、第一子音の後にt-が挿入される動詞(第VIII形動詞)、語頭にt-接辞を付加し、第二語根を重音化させる動詞(第V形動詞)をそれぞれ用いた構文)全ての用例収集を終えることを目的としていた。対象構文のうち受動分詞構文(アラビア語学で名詞文とよばれる「限定された名詞+無冠詞の受動分詞」を用いた構文)はCAでは非常に収集数が少なく60例程度しか得られなかったことから対象テキストを増やし用例収集を続けている。MSAでも一番用例数は少なかったものの単にテンス・アスペクトや明示されない動作主の存在といった要因だけでなく付帯状況の接続詞wa-を伴う文で用いられる傾向があると明らかにしつつある。その他の対象構文に関しては十分な用例を収集できた。 受動分詞構文が少ないことが古典アラビア語時代の特徴であるというには対象テキストのジャンルをもう少し多様化させ調査させる必要があることから用例収集をもう少し続ける必要がある。 2016年12月から2月にかけて調査している各構文の言い換え可能性についての小規模なインフォーマント調査を実施した。多くの動詞で言い換え可能性が非常に低いことが判明した。それぞれの構文選択の大きな要因には、動作主の存在を話し手ないしは書き手がどのように認識しているかと密接に関連していると考えている。 大規模アンケートを複数の国で行う予定だったが調査対象国がオマーンおよびUAEにとどまってしまっている点で進捗が多少遅れているといえる。ただし口語でも内部屈折の受動構文を有するオマーンでインフォーマント調査が行えたことは今後エジプトなど内部屈折の受動構文が特定の動詞を除いてit-接辞構文を用いる国との比較といった観点から有益であったと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画では対象構文の用例収集は終えている見込みだったが、対象構文のうち受動分詞構文はCAでは非常に収集数が少なく60例程度しか得られなかったことから対象テキストを増やし用例収集を続けている。MSAでは付帯状況を示す接続詞wa-に後続する形で現れることが多いが、CAではそういった特徴は現時点で見られない。対象テキストのジャンルによる影響か、CAの時代の特徴かを指摘するにはあと少し用例数を増やす必要がある。 各構文の言い換え可能性について2016年12月から2月にかけて行った小規模インフォーマント調査では非常に低いことが明らかになった。構文選択の要因の最も大きな要素として現時点で考えているのは明示されない動作主の存在が話し手ないしは書き手にどのように認識されているかという点である。調査協力者はいずれも高等教育を受けた人物であることから今後の調査では異なる教育レベルでも調査を進めていく必要がある。オマーンでは内部屈折による受動構文が口語でも用いられるが、エジプトなど今年度調査する予定のエリアではこのタイプの構文がit-接辞構文に代替されていること、教育水準により受動構文の選択に影響がでるとされていることからインフォーマント調査の対象を幅広く行う予定である。
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