前年度の研究では、スピン軌道相互作用の強い電子系におけるスピン流の定義の研究を行った。本年度はこれを発展させ、スピントロニクスにおいて電子同様注目を集める準粒子であるマグノンに着目した研究を行った。磁性体中の古典的磁気秩序周りの揺らぎを量子化した準粒子であるマグノンは、絶縁体中において極めて散逸の少ないキャリアであると同時に、スピンを運ぶという性質から理論・実験両面から盛んに研究が行われている。最近接Heisenberg模型のコリニア強磁性体・反強磁性体の場合、1マグノン状態はスピン演算子の固有状態となり、well-definedなスピン流を定義する事ができる。一方、古典的磁気秩序が120度構造等のノンコリニア構造を取る場合、スピン回転対称性の自発的かつ完全な破れの状態が実現し、マグノン状態は一般にスピンの固有状態にはならない。 本研究では、運動量を指定した時にマグノンが運ぶ運動量依存マグノンスピンを定義し、カゴメ格子反強磁性体で実現する120度構造に対して運動量依存マグノンスピンを計算し、運動量空間においてプロットした。その結果、電子系で通常見られない巻き付き数-2の構造を持ったスピン渦構造を発見した。また、このスピン渦構造を用いた熱輸送の研究を行った。各運動量におけるマグノンスピンと群速度の積を運動量積分することで得られる量をマグノンスピン流とみなし、熱勾配下のBoltzmann方程式を計算すると、有限のスピン流期待値を得る。これは、スピンゼーベック効果をノンコリニア反強磁性体で観測できる可能性を示すものであり、従来磁場下でしか実現しないと考えられていた反強磁性スピンゼーベックの最初の例を提示するものである。数理的に面白い点としては、巻き付き数の絶対値が0か2の時のみスピンゼーベック効果が大きくなる点であり、巻き付き数依存の輸送現象の先駆的な例として考える事ができる。
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