研究課題/領域番号 |
16J07350
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研究機関 | 東京農工大学 |
研究代表者 |
信田 尚毅 東京農工大学, 大学院農学研究院, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 電子移動化学 / 環化反応 / フッ素性溶媒 / 触媒反応 / 有機電解合成 |
研究実績の概要 |
本研究は、電解酸化により生じるラジカルカチオンを活性中間体とみなし、レドックスニュートラルな有機反応を電子移動をトリガーとして進行させることで、「電子を触媒とする」高分子合成法の確立を目指すものである。高分子合成のモデル反応として、[2+2]及び[2+4]環化反応を選定した。これらのは、過塩素酸リチウム/ニトロメタンを電解メディアとし、陽極酸化に供することで触媒量の通電により反応を完結することが知られている。本反応は電解メディアの影響が大きく、支持電解質、溶媒のいずれを変更しても反応効率が大幅に低下することが知られている。しかしながら、高分子合成を目指すためには生成する高分子を溶解する溶媒の使用が不可欠であり、申請者は新規反応メディアの探索を行うこととした。 メディアを選定する上で、我々はヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)及び2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)が過塩素酸リチウム/ニトロメタン系と類似点があることに注目した。過塩素酸リチウム/ニトロメタン系は求核性が低く、リチウムイオンのルイス酸性が高いことが特徴である。一方で上記のフッ素溶媒も求核性が低く、また水素結合ドナー性を有するためリチウムイオン同様、電子豊富な化合物と分子間相互作用が起こり得る。 この仮説のもと、HFIPとTFEをそれぞれ溶媒に用いて[2+4]環化反応を行うと、非常に高い効率(10-20mol%の正孔の注入)で反応が完結し、所望の化合物が得られた。また、この反応に用いた支持電解質はBu4NBF4などの一般的な有機塩であり、爆発性のある過塩素酸リチウムを用いない点でも優れている。 初年度の成果として、我々は新規反応メディアの開拓に成功した。今回新たな反応系を得たことは、2年目以降、高分子合成反応を展開する基盤となるため、本研究のさらなる発展が期待できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では陽極酸化により生じるラジカルカチオンを鍵として、電子が触媒する高分子合成反応を構築するものであり、初年度は、電子が触媒する反応の反応性を保ちつつ、高分子を溶解し得る新規メディアの探索を行った。 電子が触媒となる環化反応を行う上で、我々はニトロメタン/過塩素酸リチウム系が効果的であることを見出している。本系は、ニトロメタンの低い求核性とリチウムイオンのルイス酸性が鍵であり、類似した特徴を持つ溶媒としてヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)及び2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)を選択し、モデル反応への利用を検討した。[2+4]環化反応はHFIP、TFEいずれを用いた場合にも良好に進行し、触媒電気量での反応の完結と所望の化合物の定量的な生成を確認した。また、[2+2]反応においては、HFIPを用いた場合反応が進行する一方、TFEを用いると反応が進まないという興味深い結果も得られた。これら溶媒の効果について検討するため、種々メディアを用いてサイクリックボルタンメトリーを測定した結果、ニトロメタン/過塩素酸リチウム系を用いた場合と、HFIPまたはTFEを溶媒に用いた場合では、その他の溶媒系に比べて酸化電位が低下することが分かった。酸化電位の低下は生成するラジカルカチオンの安定化の寄与によるものと考えられ、上述の反応が進行するメディア中ではラジカルカチオンが長寿命化されているという示唆を得た。 初年度の研究をとして我々は、新たな反応メディアとして上記の水素結合性フッ素性溶媒が利用可能であることを見出した。これらのフッ素性溶媒はフッ素性小分子・高分子を溶解しやすいことが予想される。含フッ素高分子は一般に撥水性、耐熱性、耐薬品性に優れるため、本反応系を用いて新規含フッ素高分子を合成できれば、新規機能性材料として大きなインパクトを与えるものと期待される。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究により得られた知見に従い、2年目は水素結合性フッ素性溶媒を電子が触媒する高分子合成反応に応用することを目指す。本メディアについての基礎的な知見を深めるため、低分子のモデル反応に基づき、本メディアを用いた環化反応の反応条件を最適化し、通電量を最小化する。また、これまで用いていたニトロメタン/過塩素酸リチウム系ではリチウム塩の使用が必須であったため、利用可能な支持電解質の適用可能性が限られていたが、申請者が見出した水素結合性フッ素性溶媒は、溶媒単体でニトロメタン/過塩素酸リチウム系の特徴を担うため、支持電解質の制限がない。そのため、様々な支持電解質の影響、特に反応の鍵中間体であるラジカルカチオンと作用し得るアニオンの影響については積極的に考察し、総括していきたい。 これと並行して高分子合成に用いるモノマーの合成に取り組む。研究計画書に記載したモノマーに加え、含フッ素モノマーを合成し、新規機能性含フッ素高分子の合成も目指す。得られた高分子は、分子量測定、構造解析に加え、熱物性測定を行い、フッ素導入による熱安定性の向上などを確認する。また、分子内でのラジカルカチオンの移動を利用した連鎖重合機構を誘起し得るモノマーを用い、リビング重合系の開発に挑戦し、ブロックコポリマーの合成、高分子末端修飾へと展開していきたい。 また、これまで本研究で注目している電子が触媒する環化反応においては、均一系電極触媒、いわゆる電子移動メディエーターや不均一触媒の利用は検討されていない。そこで、これら均一・不均一系の電極触媒の開発にも挑戦し、電子が触媒する本反応のさらなる高効率化を狙う。
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