研究課題/領域番号 |
16J07550
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
松岡 由佳 奈良女子大学, 人間文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | メンタルヘルス / 空間 / 障害の地理 / 健康の地理学 / 精神障がい |
研究実績の概要 |
本年度は、研究の理論的な視点や位置付けを明確化するとともに、実証面での知見の獲得を主な課題として研究を遂行した。 まず、英語圏の地理学で取り組まれてきたメンタルヘルスに関する研究をレビューし、主題や方法論の詳細な検討を行った。1970年代に研究が始まった当初は、都市空間の中での精神科関連施設の立地や患者の分布を計量的に分析する手法が多くを占めていたが、1990年頃になると、政策的変化とローカルな帰結、「狂気」の歴史地理、精神障がい者の生きられた地理など、テーマとともに焦点となる時代や空間スケールが多様化し、質的な手法が広く取り入れられるようになった。こうした研究動向は、メンタルヘルスが日常の様々な空間と密接に結びつくことを示唆している。しかしながら、日本の地理学ではほとんど取り組まれてこなかった領域であり、本研究の重要性を再確認した。並行して、隣接分野を含めた関連概念や、「空間」や「場所」についての人文地理学の議論を整理することで、既存の研究における不足点や援用可能な視点を確認した。 次に、昨年度の予備調査を踏まえ、和歌山県和歌山市で継続的に調査を行った。精神障がい者支援の中心となっている法人から協力を得て、障害福祉サービス事業所での参与観察や、関係主体へのインタビュー調査を実施した。主な知見として、①精神障がいをめぐる課題は、知的障がいなどの様々な障がいや高齢期の問題と重なり合っていること、②支援活動の展開には、ローカルな実践から県や全国の政策・制度の動向まで、複数のスケールが密接に関わっていることが明らかとなった。これらの知見は、研究対象を「障がい者」や「高齢者」などの属性で分断しがちであった従来の地理学的研究を超え、障がい/健康を連続的にとらえるとともに、複数の空間スケール間の関連性の中でメンタルヘルスの問題を検討する本研究の視点の有効性を示唆する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の主な研究課題は、理論的な視点や研究の位置付けを明確化するとともに、実証面での知見を獲得することであった。双方について、以下のような理由からおおむね順調に進展していると評価する。 まず、理論的な視点や研究の位置付けの明確化に対しては、次のように評価する。本年度とりわけ重点的に取り組んだのは、英語圏の地理学におけるメンタルヘルス研究のレビューである。英語圏では、メンタルヘルスが地理学の研究テーマの一つとして盛んに議論されてきたが、こうした動向は日本の地理学において十分な検討がなされてこなかった。研究の主題や方法論、空間スケールに着目して英語圏の動向を整理した本年度の成果は、本研究の視点や位置付けを明らかにすることにとどまらず、英語圏の議論を日本の地理学に批判的に取り込んでいく意味でも、貴重な取り組みであったと評価したい。 次に、実証面での知見の獲得を目指した本年度は、和歌山県和歌山市で調査を実施した。精神障がい者支援を担う障害福祉サービス事業所における継続的な参与観察や、関係主体へのインタビュー調査を通じて、二つの主要な知見を得ることができた。精神障がいをめぐる課題が、知的障がいをはじめとする様々な障がいや高齢期の問題と重なりつつ生起していることは、障がい/健康を連続的にとらえる本研究の視点の可能性を示唆するものである。また、ローカルから県や全国に至る複数のスケールと密接に関わりながら支援活動が展開してきたことは、メンタルヘルスの問題を空間スケール間の関連性の中で検討することの重要性を示唆している。これらの知見は、本研究の理論的な視点が実証的な成果に見合うものであることを示しており、今後の理論構築につながる進展であったと評価する。 本年度の成果のうち英語圏の研究動向については、学会発表を踏まえた論文を作成中である。実証面での知見に関しても、今後順次発表する計画である。
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今後の研究の推進方策 |
本年度までの研究成果を踏まえた今後の課題としては、次の点が挙げられる。 まず、本年度の調査を通じて得られた二つの実証的な知見を発展させることである。この点については、現地での参与観察やインタビュー調査を継続することで、さらなる知見の獲得と深化に努めたい。具体的には、精神障がいに限定されない様々な問題の重なりについて検討するため、これまで特に精神障がいに着目してきた調査の視点と対象を広げる。また、県や全国スケールでの支援活動の動きをより詳細に把握するため、和歌山県南部を含めた県内の主体や、全国の動きに関わりのある主体へのインタビュー調査を進めるとともに、関連機関・団体の資料の収集と分析を行う予定である。 以上を踏まえた知見は、本年度に整理した理論的な視点に照らして検討し、理論の構築に取り組む。理論的視点の発展や、調査を通じた知見の深まりに応じて、研究のフレームワークを絶えず修正していく。理論の精緻化にあたっては、本年度までに検討した諸概念に加えて、関連概念のさらなる援用が必要となることも予想されるため、社会学を中心とする隣接分野を含めた既存概念の補足的な検討も視野に入れている。 これらの研究成果について、国内外の学会で発表するとともに、学術誌への投稿準備を進める。また、研究成果の取りまとめに際しては、調査協力者に対する成果の還元の方法が課題となる。現地調査を進める中で、調査協力者と調査者がともにフィードバックを得られるような方法を模索していく。
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