これまでの研究では、地下環境において普遍的に存在する硫酸還元菌が外膜シトクロム酵素を有し、それを介して固体から直接電子を引き抜くことを明らかにした。さらに、硫酸還元菌Desulfovibrio ferrophilus IS5株をモデル菌とした研究では、電極電位が負であるほど電極上の細胞活性が高くなることを見出した。しかし、電子引き抜きが微生物の遺伝子発現に与える影響は不明であった。そこで本研究では、IS5株を-0.4 V、-0.5 V (vs. 標準水素電極)、及び電位印加なしの条件下でそれぞれ5日間培養し、遺伝子発現の変化をトランスクリプトーム解析で分析した。その結果、-0.4 V の電極上で培養した細胞では、ATP合成と硫酸塩還元代謝経路をコードする遺伝子群の発現が電極なし条件と比べて約4倍以上増加したことを明らかにした。これは電子引き抜き過程に伴い細胞がエネルギーを獲得することを強く示唆した。さらに、電極電位が-0.5 Vの場合は、-0.4 Vの場合と比較して、細胞が電極から電子を引き抜く速度が大幅に増加したのと同時に、電子摂取を媒介する外膜シトクロム酵素の発現が10倍以上増加していた。この結果は、外膜シトクロム酵素が細胞の電子引き抜きを媒介するというモデルを強く支持する。さらに、ATP合成と硫酸塩還元経路、及び窒素(アンモニウム)や炭素(酢酸)を同化する経路の遺伝子発現も、-0.4 Vの場合と比較して約4倍増加していた。これらの遺伝子群は細胞の成長に深く関与することから、電極からの電子摂取がIS5株の細胞成長にエネルギーを提供することが示唆された。以上の結果より、電子源が不明であるため未培養のままとなっている微生物を培養する新しい手法として、電気化学的培養法が利用できると期待される。
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