研究課題/領域番号 |
16J07895
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
今関 到 東京大学, 農学生命科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 軟骨魚類 / 広塩性 / 生理学 / 生態学 / 海洋生物学 |
研究実績の概要 |
報告者は、軟骨魚類には珍しい広塩性種のオオメジロザメを用いて、飼育実験をベースとした生理学的研究(仕組みの解明)と、浦内川でのフィールドワークによる生態学的研究を並行して進めてきた。 1) 生理学的解析 昨年度に引き続き、オオメジロザメの海水飼育個体と淡水飼育個体の間で腎臓での発現が変化する遺伝子群のデータを元に解析を進めた。29年度は、NaClや尿素以外の物質輸送に関わる分子群にも注目し、腎臓において海水個体と淡水個体の間で発現量および発現部位を比較した。その結果、ホウ酸塩の排出に関わると考えられるホウ酸輸送体(slc4a11)が海水個体のネフロンの第4ループに発現していた。この部位は前年度の結果から、本種が淡水移行時にNaClを保持し、過剰な水を排出するための鍵となる部位であることがわかっている一方、海水中ではその機能がわかっていない部位であった。今回の結果により、第4ループは海水中ではホウ酸塩の排出部位であることが考えられた。淡水個体ではこの部位でのslc4a11の発現が減少することから、淡水中ではホウ酸塩の排出を減らす調節機能の存在が示唆された。今回の結果は、第4ループが排出機能に重要であることを示す初めての知見であり、他のサメ類との比較により本種特有の能力なのか明らかにする必要があると考えている。 2) 行動生態解析 26-28年度の調査から、浦内川では6月頃に出生直後の本種幼魚が多数河川に加入することを見出した。そこで29年度も、新規加入個体が捕獲できる可能性の高い6月に調査を行ったが、1尾のみの捕獲となった。河川環境をこれまで捕獲した個体と比較したところ、29年度は水温と塩分が以前に比べて低いことがわかった。この傾向は同様に1個体のみの捕獲となった27年度にも見られたものである。すなわち、浦内川のオオメジロザメは河川環境により生息場所を変えていることが考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最大の特徴は、軟骨魚類の広塩性のメカニズムを明らかにする生理学的解析とフィールドにおける広塩性の検証を目的とする行動生態解析の2つの研究を並行して進めていることにある。以下のとおり、広塩性のメカニズムについて前年度にNaCl再吸収に重要と見出された部位が海水環境ではどのような機能を有しているのか示すことができた。それに加え、フィールド調査からオオメジロザメは河川環境の影響により生息場所を変えており、高水温かつ川底に海水が入り込む塩水楔が存在する環境にのみ生息する可能性が示された。このことは、オオメジロザメが低塩分環境においても高濃度の尿素を体内に保持し、体液浸透圧を高く維持することを考えると説明ができる。このように、研究は順調に進んでいる。 1) 生理学的解析 淡水移行実験個体を用いるトランスクリプトーム解析により、淡水移行により発現が上昇あるいは減少する遺伝子を多数見出すことができており、本年度は前年度のものに加えて、淡水移行により発現が変化し、海水中または淡水中での発現量の絶対値が高い膜輸送体分子に注目して研究を進めた。その中で見出したホウ酸輸送体は、定量PCRにより淡水環境で発現が顕著に減少すること、in situ hybridizationにより既にNaClの再吸収部位であることを見出した第4ループに海水環境で強く発現することも見出した。この特徴が本種特有のものなのか、他種でも見られるのか、今後狭塩性種のドチザメを用いて調べていく。 2) 行動生態解析 前年度までの浦内川での調査から、6月から8月に出生直後の個体が多数加入することが明らかになっていた。しかし本年度は、6月に1尾捕獲できたに留まった。本年度の河川環境は同様に1尾のみの捕獲となった27年度に類似しており、26-29年度の捕獲状況と河川環境を比較することによって、塩水楔の影響を見出すことに成功した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進策についても、上記と同様生理学的解析と行動生態解析に分けて記述する。 1) 生理学的解析 前年度に引き続き、腎臓における膜輸送体の解析を進める。上皮性ナトリウムチャネルとホウ酸塩輸送体に関しては、軟骨魚類で初めての研究となるため、それぞれNa+イオン・ホウ酸塩の透過性に関して、培養細胞で発現させて解析する。前年度までにコンストラクトは完成しており、上皮性ナトリウムチャネルについては共同研究先で進行中であり、ホウ酸塩輸送体についても共同研究先の準備が整い次第取りかかる。その他、狭塩性種であるドチザメとの比較も行い、前年度までに見出した特徴がオオメジロザメ特有のものなのか、サメ類共通の特徴なのか明らかにする。30年度はさらに、内分泌因子にも注目し、オオメジロザメだけがなぜ広塩性という能力を持つのかという疑問に切り込む。そしてラボワークとフィールドワークの統合に向けて、29年度までに明らかになった生理学的メカニズムが、浦内川で捕獲した野生個体においても利用されているのかどうかを、膜輸送体分子の発現量解析やネフロンへのマッピングから調べる。その結果は、捕獲された塩分環境とあわせて解釈する。 2) 行動生態解析 26-29年度の調査から、オオメジロザメの捕獲状況と塩水楔の関係が明らかとなってきており、そのことを確認するためにも、30年度にも6月に刺し網による捕獲調査を行い、河川に入っているサメの多寡を判断する。その上で河川にサメが入っているようであれば、7月と8月にピンガー発信機を用いた行動追跡調査を行い、河川内のオオメジロザメがどのような移動経路を辿るのか調べる。28年度の調査において再放流可能な状態の良い個体を釣獲により捕獲できることを確認できており、河川内に設置した受信機によりピンガー発信機からの信号受信テストにも成功している。
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