研究課題/領域番号 |
16J07927
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
須藤 輝彦 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | ミラン・クンデラ / 偶然性 / 運命 / 中央ヨーロッパ / 亡命 / 世界文学 / ヨーロッパ文学 / 歴史 |
研究実績の概要 |
特別研究員である筆者は、新たに東京大学に赴任した阿部賢一准教授のもと、1年間、精力的に研究に励んだ。8月には4週間ほどプラハに赴き、研究者(クンデラの専門家であるヤクプ・チェシュカ教授など)との情報交換や、資料(おもに『トヴァール』などの雑誌掲載論文)の調達に励んだ。この研究滞在の成果を示すべく、9月10日に阿部准教授主催の第一回「ボヘミア研究会」に参加し、「ボヘミア・中欧・ヨーロッパ:ミラン・クンデラの3つの位相」と題する研究発表を行った。これは、クンデラにとって重要ながら曖昧でもある地政・地詩学概念「ボヘミア」を、中央ヨーロッパ、ヨーロッパとの関係のなかで位置づけようという試みだった。このなかで、エッセイ的トポスとして、概念としての中欧・ヨーロッパにたいして、定義されない「小説の場所」としてのボヘミアが浮かびあがった。 10月頃から「日本スラヴ学研究会」の学会誌『スラヴ学論集』に投稿するための論文準備に取り掛かり、年末に投稿を終えた。この論文「偶然性と運命――ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』について」は、修士論文で試みた「偶然性」概念を用いての『存在の耐えられない軽さ』読解を、「運命」という新たな切り口とともにナラトロジーを絡めてさらに深めたものであり、研究の進展に大きく寄与するものとなった。 3月には日本スラヴ学研究会で「時期区分としての『中央ヨーロッパ』――ミラン・クンデラと亡命」と題した研究発表を行った。ふつう大きくチェコ(スロヴァキア)期とフランス期に区分されてきたミラン・クンデラだが、この発表では、その二つの間にもうひとつの時期区分「亡命期としての中欧的段階」を導入するとどんな視点が得られるか、ということを主題にした。今後の研究の基礎的な枠組みになると同時に、それを「世界文学と亡命」という新たな視点で考えることができた、大変意義深い発表であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究は、かなり順調に進んでいると言える。「研究実績」の欄にも記載した阿部賢一准教授の東京大学への赴任は、筆者の研究を大きく前進させた僥倖だった。阿部准教授はチェコ文学の専門家でありながら中央ヨーロッパ全域の文学・文化を視野に収める研究者であり、筆者は夏学期に「中欧文学論」を、筆者の研究対象クンデラと並んで20世紀チェコ文学を代表する小説家である「ボフミル・フラバル研究」を受講し、クンデラを位置づけるうえで非常に重要な中央ヨーロッパの文学について、また同時代のチェコ語とチェコ文学の状況について、学識を深めた。さらに「ボヘミア文学論」という講義にティーチング・アシスタントとして参加し、そのなかで特別に一回分、クンデラに関するレクチャーをする機会を得た。大学では他にも、予定していた通り、研究のキー概念である「偶然性」についての理解を深めるため「ライプニッツ研究」というセミナーに参加した。また、クンデラも影響を受けた共産主義の文化的影響を知るため「ロシア中東欧の映画と文学」を履修した。 今年の2月・3月に東京大学で開催されたディヴィッド・ダムロッシュ教授の「世界文学の中の日本文学」という連続特別講義からも、思わぬ収穫を得ることができた。本講義は題の通り主に日本文学に焦点をあてたものだったが、ダムロッシュ教授はもともと昨今の世界文学論の代表的な論者であり、筆者はここで特に、「世界文学と亡命」という観点からクンデラを考えるうえで、大いに刺激を受けた。先述の発表「時期区分としての『中央ヨーロッパ』――ミラン・クンデラと亡命」には、この経験が生かされている。
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今後の研究の推進方策 |
研究を進めるにあたって、大きな計画変更がひとつあった。それは今年度に予定していた長期研究滞在先をチェコ共和国からフランスに変えたということである。これに伴い、滞在時期も本年度から来年度に遅れることとなった。 先年度の「チェコ/中欧」に軸足を置いた研究に加えて、本年度は「フランス/ヨーロッパ」という文脈にも力に入れて研究を進めていくつもりである。研究の方針としては、まず第一に、「亡命と世界文学」についての考察を深めるため、ベネディクト・アンダーソンにまで遡った世界文学論関連の研究を進め、これに並行してロシア・中東欧を中心とした亡命文学関連の研究を進めていく(この成果は現代文芸論研究室の論集『れにくさ』に発表予定)。さらに、修士論文からのテーマである「運命(観)」に焦点をあて、クンデラ作品と啓蒙主義時代のフランス作家(おもにディドロ、ヴォルテール)との比較検討を行う。啓蒙主義時代は、いわゆる亡命者も含め、国境を跨いで移動しながら自身の思想を鍛えあげ、作品を書いたものが多かった。この「移動」という観点も今後の研究で重要な位置を占めることになるだろう(これについては日本フランス語フランス文学学会で研究発表したのち、論文を投稿する予定)。また、8月・9月にはパリ第4大学のスラヴ学部などで短期調査を行うつもりである。
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