特別研究員である筆者は、平成30年4月より1年間、精力的に研究に励んだ。今年度は主に、9月より始まったパリ・ソルボンヌ大学での研究滞在およびその準備に充てられた。 所属する学内ではまず、『カンディード』の精読講義に参加した。本作は啓蒙主義を牽引したヴォルテールによって書かれ、最善説という哲学理念を風刺した18世紀文学の傑作であり、クンデラにおける偶然性と運命という筆者の研究テーマに直結する。また20世紀チェコを代表する作家カレル・チェペックによる悲劇論の翻訳講義にも出席した。さらに学外では、「『百科全書』・啓蒙研究会」主催の『百科全書』会読会にも積極的に参加し、クンデラと関係の深いディドロを中心に、啓蒙思想についての見識を深めた。 チャペックについては、その悲劇観に関して、チェコ外務省の外郭団体であるチェコセンターに依頼され、チェコ大使館のホームページにエッセイを寄稿した(「ペシミストの幸福──カレル・チャペックについて」)。また、ディドロとクンデラ、大きくいえば18世紀ヨーロッパ文学と20世紀中欧文学双方の継承者としてのクンデラという観点から、日本フランス語フランス文学会にて「ミラン・クンデラにおける運命──啓蒙主義と中欧的歴史観をめぐって」という研究発表を行っている。 ソルボンヌ大学では、中央ヨーロッパ研究コースのディレクターでチェコ文学の専門家であるガルミッシュ教授の指導のもと、研究を進めている。フランス語でチェコ及びポーランド、オーストリア、ウクライナまたロシア、そしてバルカンの国々の文化を学ぶというチャレンジングな環境だが、歴史的にこれらの国々から亡命者や移民を受け容れてきたパリという都市で学ぶことには大きな意義があり、強い刺激を受けている。啓蒙思想については、パリ・ディドロ大学でディドロの専門家ガレタ教授による偶然性と必然性についての講義を聴講した。
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