研究課題
本研究に於いて、東京電力福島第一原子力発電所事故による人への影響を議論するにあたり、放射性核種の地理的分布、放射性核種の哺乳動物体内分布、生物体内の放射線応答機構に段階を分け研究を行った。第一の研究は、ヒューマンスケールと比して広範囲な規模の放射性分布を明らかにすることで、地域間の比較や、対象の行動域の外部被ばく源の数量化を可能にした。成果としては、主要な被ばく核種、短半減期核種131I, 132Te -132Iと、長半減期核種134Cs, 137Cs,に関して、現時点で最も解像度の高い汚染地図を作製した。第二の研究は、被災した哺乳動物から得られた体内放射性分布を参照することで、被ばくの要因を内部・外部被ばく間の比較により明らかにすることを目的とした。モンテカルロシミュレーションを用い計算することで、内部と外部の被ばく源という単位の異なる放射能濃度から、単位重量当たりの吸収線量という統一された単位に変換することを可能とした。実績としては、被災ウシ204頭の体内から実測された結果を基に、腎臓に特異的に濃縮する132Te -132Iによる初期内部被ばくと、体内に広く分布する134Cs, 137Cs,による長期内部被ばく、先に挙げた主要な被ばく核種における時間変化に伴った外部被ばくを比較した。第三の研究は、ヒューマンスケールと比して、微小な規模の応答を細胞内の遺伝子発現の変化から観察するものである。イネを分子モデルとして、旧計画的避難区域である福島県飯舘村に於いて環境放射能に暴露し、応答を生物情報解析により研究を進めている。
1: 当初の計画以上に進展している
当初計画通りに、短半減期核種の被ばくを議論する為には、初期のモニタリングデータの整備が必要で、その内、大規模に行われた質の高い調査は、米国核エネルギー省核安全保障局が行った航空機モニタリングと、日本文科省が行った航空機モニタリング並びに土壌モニタリングである。これらのデータを整備し、必要な大きさに拡大縮小の可能な地図として作成した。最高解像度の地図は100m方眼で放射性核種の地理的分布を示している。被災ウシの各臓器の放射性物質の実測値を、地図上で検索可能なデータベース化した。ウシ以外の動物にも応用できるよう、国際放射線防護委員会のモデルを参照して線量評価体系を確立した。イネを用いた低線量被ばく影響機構の解明に向けては、イネの研究を行っている研究協力者のいるバンガロール、インドのアジレント研究所に於いて、マイクロアレイ実験から得られたビッグデータを基に、バイオインフォマティックス研究を進めた。現在、得られた結果を、二次代謝物の増減とタンパクの発現量と合わせ横断的網羅解析を行っている。動物の線量評価モデルを発展させる為に、日本原子力研究開発機構に於いて、より人に近いサルのボクセルファントムを作成するための技術を習得した。
現在研究を進行中の、放射性核種の地理的分布、放射性核種の哺乳動物体内分布、生物体内の放射線応答の内、第一、第二の研究は東京電力福島第一原子力発電所事故による初期被ばくに関するものであり、実測値は出揃っている。その為、本研究の解析成果を公表することは、今の時期に於いて非常に重要である。特に事故による環境放射能研究の動向として、セシウムボール等の微小領域での分布研究が盛んになっている。また、学術的関心以外にも、避難区域の解除や義務教育課程の学校の再開と言った社会的判断にも、現在を相対化する事故初期の状況の解明の要請も高まっている。それには、その背景としての、広範囲の精密な汚染地図、そして哺乳動物スケールでの被ばくの主経路の特定は、欠くことが出来ない。一方で、第三の研究は、分子モデルによる放射線生物応答機構の解明は、基礎科学研究であり並行して進める必要がある。これらの状況の変化に応えるために、今年度は、第一、第二の研究の論文制作に留まらず、基礎研究を進め、そしてアウトリーチ活動を通じた成果発表につとめる。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
Radiation Research
巻: 187(2) ページ: 161-168
PLoS One.
巻: 11 ページ: -
10.1371/journal.pone.0155069.