今年度も前年に引き続き非相反電気伝導現象(整流作用)の理論的研究に取り組んだ。特に反転対称性の破れた超伝導体であるMoS2において測定された非相反伝導現象の解明のため、ラチェット機構による非相反性の解析を行った。この物質では超伝導相において、その結晶構造に起因する空間的に非対称なピニングポテンシャル(ラチェットポテンシャル)が超伝導磁束に働いており、それによって磁束フロー抵抗が電流方向によって変化する非相反電気伝導現象が生じていると考えられている。この非対称ポテンシャルによる粒子の整流は古くからラチェット効果として知られており、特に量子コヒーレンスやトンネリングを考慮に入れた量子ラチェット効果においては、温度変化による整流方向の反転や量子-古典クロスオーバー、散逸誘起の局在-非局在量子相転移など、多彩な現象が理論的に発見されている。しかし実験と比較可能な非線形伝導度の詳細な温度依存性などに関しては議論がなされておらず、また量子相転移とこれら非線形易動度の関係も未解明であり、この現象の統一的な理解を困難にしている。 そこで我々はラチェットポテンシャル及びOhmic散逸下の量子力学的質点の有限温度での運動を先行研究に倣いFeynman-VernonのInfluence-functionalを用いて記述し、その定常速度及び非線形易動度を特に低温において詳細に計算した。ラチェットポテンシャルに関する摂動計算において定常速度の解析的表式を求め、それに基づいて各次数の非線形易動度の低温での温度依存性を量子相転移の前後において完全に決定した。また、従来知られていた整流方向の温度による反転やクロスオーバーも数値的に確かめられた。これにより実験との定量的な比較が可能となり、また散逸の大きさといったパラメータを実験的に検出できる。
|