研究課題/領域番号 |
16J08015
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
栗脇 永翔 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | ジャン=ポール・サルトル / 可傷性 / 伝記 |
研究実績の概要 |
現代思想のキーワードのひとつである「可傷性」という観点からフランスの哲学者ジャン=ポール・サルトル(1905-1980)の著作、とりわけ伝記的著作に関する研究を進めている。 現在特に中心的に取り組んでいるのは晩年の著作であるフローベール論『家の馬鹿息子』(1971,1972)である。未完でありながらも浩瀚なこの著作については世界的にみても十分な仕方で研究が深められているとはいいがたい。「可傷性」という観点や、サルトルと同時代の思想家の比較など、申請者がこれまで関心を寄せてきた観点から研究を深めることができると考えている。具体的には、それ以前のサルトルの著作との関係や先行研究の状況を調査しつつ本書を読解し、博士論文の執筆を進めている。 また、哲学者による文学者についての伝記である本書は自ずから学際的な著作にならざるを得ない。哲学と文学が交錯する対象についてのアプローチ方法を模索すると同時に、西洋文化一般における「伝記」というエクリチュールの形式について再考を進めている。 昨年度はこうした分野の専門家であるエリック・デイル教授(リヨン高等師範学校)のもとで在外研究を行い、適宜助言をもらったほか、6月(「可傷性と伝記――現代思想史におけるジャン=ポール・サルトルと女性知識人たち」、国際サルトル学会)と11月(「哲学者と詩人たち――ジャン=ポール・サルトルにおける詩の問題についての覚書)、リヨン高等師範学校CERCC)にフランス語での口頭発表を行い、国内外の近接する分野の専門家から助言をもらった。 現在は引き続き、博士論文の執筆を軸に据え研究を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
『家の馬鹿息子』に関する研究が進み、2度、フランス語での口頭発表を行えた点では順調に進んでいると考えられる。 しかし同時に、当初の予定はサルトルのそれ以前の著作である『存在と無』(1943)や『聖ジュネ』(1952)についても研究を進めることであったことを考えると、現在はやや『家の馬鹿息子』に時間をとられすぎているともいえる。しかし本書が極めて浩瀚であることやその重要性からすれば必ずしも努力を怠っているわけではない。また本書についての先行研究が比較的少ないという状況を考慮しても、現在この著作に中心的に取り組むことは意義があると言える。それゆえ現在は、上記3つの著作を平等に扱うというよりは、特に『家の馬鹿息子』を中心に据え、この著作との関係の中で『存在と無』や『聖ジュネ』などの先行する著作の再評価を行うという仕方に研究の方法を修正している。 また本書に取り組むにあたり、フローベールの著作を読み進めたり、伝記文学に関する理論的著作を読み進めたりと、基礎的な研究を進める必要性を強く感じていることも研究の遅れの理由と言える。しかし長い目で見れば、こうした作業が今後の研究の土台となることは言うまでもない。次年度以降は配分を意識しつつ、土台の確固とした博士論文の執筆を進められればと考えている。 最後に、具体的な遅れのひとつとして、昨年度、学内紀要や学会誌に掲載される「論文」の形で研究成果を発表できなかったことがあげられる。博士論文の執筆や基礎的な研究に時間をとられていることや在外研究に伴う諸負担がその理由であるが、当初の目標を果たせなかったことは反省点のひとつである。次年度は一層博士論文執筆に時間をとられることになるが、同時に、その一部を研究成果として発表できればと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上述の通り、『家の馬鹿息子』を中心的な対象とする博士論文の執筆を進めることを計画している。特に本書の第二部に関する読解作業が中心的な課題となると考えられるが、この箇所は、当初扱うことを考えていた『存在と無』などの哲学書や、『聖ジュネ』などのほかの伝記的著作とも通底する箇所である。また、フローベールの「神経症」が考察されるこの箇所は「可傷性」という観点からサルトルの著作にアプローチする申請者の試みにとっても示唆的な箇所である。必要に応じて同時代の精神医学的な言説なども参照しつつ、研究を深めることを計画している。 また、申請者の研究課題の枠をやや超えるものでもあるが、とりわけ本書第三部では、歴史学や社会学との関係も重要な問題系のひとつである。在外研究が終わる7月までに、現代フランスでの社会科学分野での研究状況を可能な限り調査する予定である。歴史学における「小説」の問題、社会学者による文学論などが申請者の研究にとっても示唆的である可能性があると考えている。 また、滞在しているリヨンでは、リヨン第3大学の図書館で韓国の研究者・池英來氏の博士論文が参照可能である。これは、近年のフランスでも数少ない、『家の馬鹿息子』についての包括的な研究である。現地にいなければ参照不可能なものなので、在外研究中に調査を行いたいと考えている。 帰国後8月以降は博士論文執筆に集中し、年度内の提出を目指す予定である。これまでの進行状況を考慮するとやや厳しいスケジュールではあるが、これまで蓄積してきたものをすべてアウトプットできるよう努める所存である。
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