本研究は,リポカリンタンパク質に高度に保存されたジスルフィド(SS)結合による,βバレル構造の安定化機構の解明を目的とする。平成30年度は,SS結合がリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)の脂溶性低分子結合能,および構造安定性に与える影響について,それぞれ熱力学的解析,および計算科学的解析を行った。 【SS結合がL-PGDSの脂溶性低分子結合能に与える影響】 L-PGDSと脂溶性低分子との相互作用に対して,L-PGDS分子内のSS結合が与える影響について調査するため,等温滴定型熱量測定法(ITC)によりL-PGDS,およびSS結合欠損L-PGDSとbiliverdin(L-PGDSの代表的な生理的リガンド)との相互作用解析を試みた。解析の結果,本SS結合の欠損は,L-PGDSのbiliverdinに対する結合親和性にほとんど影響を与えないことが示された。一方,biliverdinとの結合反応に伴う脱水和エントロピー変化項,およびコンフォメーションエントロピー変化項が,それぞれSS結合の欠損に伴い顕著に減少,および増大することが明らかとなり,SS結合の欠損がアポ状態におけるL-PGDSの溶媒露出表面積,および構造的な自由度を増加させることが示唆された。 【SS結合がL-PGDSの構造安定性に与える影響】 L-PGDSの立体構造,およびその維持に対して,L-PGDS分子内のSS結合が与える影響について調査するため,L-PGDS,およびSS結合欠損L-PGDSの分子動力学シミュレーションを行った。解析の結果,SS結合欠損L-PGDSのトラジェクトリのうち,いくつかのタイムフレームにおいてSS結合近傍のβヘアピン構造の変化が観察され,本SS結合がL-PGDSのβバレル構造の維持に極めて重要であることが示された。
|