研究課題
ムスクは、古代から香料としてだけでなく媚薬や漢方としても使用され、生理的な効果が期待されてきた。天然ムスク香料のムスコンは、保護動物であるジャコウジカの成熟雄の臭腺から分泌され、雌を惹きつける性フェロモンとしての役割をもつ。これまで希少なムスコンに替わるべく様々な合成ムスクが開発され、これらのムスク香料は多様な化学構造をもつにも関わらず、同じようなムスク香をもつことが長年疑問とされていた。近年、ヒトOR5AN1とマウスMOR215-1がムスコンの受容体として同定され、さらに本研究により4種の霊長類のムスコン受容体が同定された。これらのムスコン受容体の様々なムスク香料に対する構造活性相関を解析した結果、OR5AN1の応答性は、実際にムスク香料を嗅いだときのヒトの感じ方とよく一致していた。さらに、OR5AN1とMOR215-1は、それぞれの種におけるムスコンの匂い感知に重要であることが示唆された。本研究は、ムスクの受容体は数が少なく匂いの選択性も高いこと、ジャコウジカにおけるフェロモン作用やヒトでも媚薬として使われてきたことに着目し、ムスクの受容機構や認識機構の解明と、ムスコン受容体を介した生理効果の解明を目的とした。前者は、ムスコン受容体の立体構造解析や、ヒトのムスクに対する感受性を調べる官能試験を行った。後者は、マウスにおけるムスコン受容体とその天然リガンドの役割の解明を目的とし、マウス外分泌腺に存在する内在性リガンドの同定をHPLCやアフリカツメガエル卵母細胞アッセイ、LCMS、GCMSを用いて試みた。また、遺伝子改変マウスを用いてin vivoで応答解析も行った。
2: おおむね順調に進展している
以前から着手してきた、様々なムスク香料に対するムスコン受容体の応答解析結果をまとめた論文が、当該年度の4月にJournal of Neuroscience誌に掲載された。そこで平成28年度は、ヒトのムスクの匂いの感じ方とムスコン受容体遺伝子の遺伝型との関連について実験を進めた。ヒトの匂いの感じ方と嗅覚受容体の遺伝型の関連付けがされている報告は少なく、米モネル研との共同研究により新たな知見となり得る結果が得られてきているため。香粧品として需要の高いムスク香料の感じ方と遺伝型の関連が示されれば、産業的応用も期待される。また、マウスムスコン受容体の内在性リガンドの同定については、精製方法・活性検定ともに改善が見られ、LCMS、GCMSの結果から候補物質の情報を得た。さらに、ある外分泌腺に対するマウスの行動の興味深い表現型を得たため。
今後も昨年度に引き続き、ヒトのムスクの匂いの感じ方とヒトムスコン受容体遺伝子の遺伝型の関連を調べると同時に、マウス外分泌腺に存在するムスコン受容体の内在性リガンドの同定を目指す。ムスクの匂いの感じ方と遺伝型の関連については、引き続きヒトに実際に匂いを嗅いでもらう官能試験を行う。特に、対立遺伝子頻度の小さい遺伝型の被験者数を増やすことを目標とする。共同研究先の米モネル研究所Mainland博士の結果から、一部のムスク香料では閾値よりも匂いの強さ・質の感じ方に、遺伝型による違いが見られることがわかったので、匂いの「質」について我々の方でより詳細な官能試験を行う予定である。内在性リガンドについては、結果の再現性や活性物質の分子情報が得られたので、大量精製を行い、活性物質の同定を目指す。内在性リガンドが同定されたら、標品を用いて他の再構成系や、in vivo実験でムスコン受容体の活性の再現を得る。また、ムスコン受容体ノックアウトマウスを用いて、活性物質に対する行動応答を検証する。
すべて 2016 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件)
The Journal of Neuroscience
巻: 36 ページ: 4482-4491
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.3259-15.2016