研究実績の概要 |
近年嗅覚受容体の遺伝子多型と,そのリガンドとなる匂い物質の感じ方すなわち表現型との関連が報告されているが,その数は数えられる程度でしかない. 古代より良い香り以上の効能があると信じられてきたムスクの香りもまた,ムスクの香りのみ感度が低い,特異的嗅盲が一定数存在することが古くから知られていた.そこで本研究では,当研究室で同定・解析されたヒトムスク受容体OR5AN1の遺伝型とムスクの香りの感受性が関連していると仮定し,遺伝型による応答性の違いをHEK293細胞におけるルシフェラーゼアッセイを用いて,感受性をヒトに実際に匂いを嗅いでもらう官能試験を行い,関連を調べた. ヒトムスク受容体OR5AN1は4つの一塩基多型が報告されており,それらの変異の組み合わせから参照配列を含めて5つのハプロタイプ(対立遺伝子のいずれか一方の組み合わせ,片側配列)をもつ.これらのハプロタイプの様々なムスク香料への応答性を,ルシフェラーゼアッセイを用いて調べたところ,ハプロタイプAとBは参照配列様の応答を示し,CとDはムスク香料に対してほとんど応答を示さない機能喪失変異であることがわかった.特にハプロタイプAは,参照配列よりもムスク香料に対してより良い応答性を示した.ハプロタイプCとDはアフリカ人にのみ,Bもまた少ない頻度でしか発現していないため,参照配列とハプロタイプAをもつヒトでムスクの香りの感受性の違いが見られるか,官能試験を行い調べた.ムスクの代表的な香りであるムスコンを用いて,匂いへの感度を調べる閾値テストを行った結果,ハプロタイプAをもつ遺伝型のヒトは,そうでないヒトに比べて有意に低い濃度でムスコンを嗅ぐことができた.この結果はルシフェラーゼアッセイの結果と一致しており,ムスクの香りの感じ方もまた,その匂い物質をリガンドとする嗅覚受容体の遺伝子多型による影響を受けることを示している.
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