ヴァジャ=プシャヴェラの叙事詩「蛇を食う者」の、主人公が蛇の肉を食べることで自然の声が聞こえるようになるという主題について、先行研究が一般的にもつ人間中心主義的な視点に対して、自然からの視点を強調することを試みた。その結果、詩が創世記のアダムと蛇のエピソードと関連していることが明らかとなった。 他方、麦が主人公に自らを刈り取り食糧として用いるように懇願するという場面がある。本研究はデリダの贈与論及びキリスト教論を参照しつつ、主人公と自然との間の非対称的な関係を指摘した。このことから、詩人は人間と自然との根源的な関係性に関する問いを提示したと解することができる。 上記と並行して、グルジアの同時期の作家イリア・チャウチャワゼの研究も行った。初期の散文作品「旅人の手紙」において、作家は自身の先行のロマン主義詩人たちの詩を引用しているが、この引用に込められたロシアの支配に対する批判的な意図を、先行研究が指摘したロマン主義詩人の「地詩学」を参照して論じた。 採用最終年度である本年度は、上記のように、本研究の二つの方向性であるヴァジャ=プシャヴェラ研究とイリア・チャウチャワゼ研究を、一つの視野に統合する理論的な研究も進めた。近年、ポストコロニアル・動物批評と呼ばれる研究分野が発展しつつあるが、チャウチャワゼが示したグルジアの啓蒙によるロシアの支配からの脱却という道筋は、植民者主義時代においては有効であっても、植民地主義が内包するヨーロッパ中心主義などと結びつく可能性を排しえない。グルジア文学をポストコロニアズムと関連させて論じる場合、チャウチャワゼはその例として優れた作品を残したことは間違いない。しかし、それと同時にヴァジャ=プシャヴェラの作品を並行的に論じることで、民族文学という枠組み以上の意義をグルジア文学(史)に見出しうるものと考える。
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