平成28年度は研究実施計画に基づきレヴィナスのエロス概念の通史的理解を目的として研究を進めた。とりわけRaoul Moatiの研究書である『夜の体験』および Didier Franckの著書『他者のための一者』などを参照しつつ、レヴィナスの主著『全体性と無限』から後期の著作『存在の彼方へ』とのあいだでエロス概念がどのように変化するかを解明することを目指した。また『全体性と無限』の上梓とほぼ同時期の講演「世界と同じだけ古く」を読解することでレヴィナスのエロス概念のその後の変遷を明らかにするための手がかりを得た。 レヴィナスはエロス概念を巡って『全体性と無限』の執筆期から『存在の彼方へ』など後期の著作にかけて大きな修正を加えている。なかでも『全体性と無限』においては他者との特異な関係としてエロスを論じたのに対して、講義「神と存在-神-学」では、反対に「他者との関係」は「反-エロス的な関係の最たるもの」と述べている。この点について、『全体性と無限』の再検討と共に後期の諸著作を読解することで、エロスが身体と主体化の条件を成しており、他者との関係はこの身体の次元を通じて可能となる一方で、主体化した自我はこのエロス的な秩序を乗り越えることによってはじめて責任や正義といった他者との関係に入るという両義的な理論を、レヴィナスは一貫して保ち続けていることを明らかにした。 このことは、「曖昧さ」といった語彙で定義されるレヴィナスのエロス概念が、たんに他者との特異な関係の現象学的記述のために要請されたものではなく、レヴィナスによるハイデガー批判といったレヴィナス研究の主要な主題系を含む、レヴィナスの思想全体に大きく関わるものであることの傍証ともなる。これらの研究の一部をまとめ、学会発表を行なった。
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