研究課題/領域番号 |
16J09656
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
山田 哲也 東京工業大学, 大学院理工学研究科(工学系), 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 細胞外電子移動 / 脱窒 / シトクロム / シュードモナス / ラマン / 代謝制御 |
研究実績の概要 |
窒素元素はDNAやタンパク質など生物を構成する必須元素であり、この窒素の循環は生物の活動状況に影響を与える。近年では人間活動により硝酸イオンやアンモニアなどの固定窒素量が増加し窒素循環が乱され、環境汚染や地球温暖化などの問題に影響を与えていると考えられている。 窒素循環における脱窒は微生物が硝酸イオンなどの固定窒素をN2OやN2に還元し大気へ放出する反応であり、正常な窒素循環を保つ上で重要な役割を担っている。そして、生物にとっての脱窒は一種の呼吸形態であって硝酸イオンを窒素ガスに還元する過程でエネルギーを作り出すプロセスである。そのため、脱窒代謝を制御するためには細胞内膜での電子の流れを変えることが重要になると考えられる。そこで注目したのは細胞外電子移動という細胞と固体物質の間で起こる電子授受であり、電気化学的に物質の電位を変調させることで脱窒菌の代謝に影響を与えられると考えた。つまり、物理量である電位を人工的に調整することで土壌中に含まれる鉱物(酸化鉄や酸化マンガン)などの価数を制御することができ、微生物の活動に影響を与えられると考えた。 本研究で行なった脱窒菌の代謝を評価及び制御するための方法論の開拓は、新規な環境モニタリングや環境浄化技術の創出に繋がるものである。本研究の成果として電極電位を負(-0.3 V vs Ag/Ag/Cl sat.)に固定することにより脱窒反応が促進することを示し、電流をモニタリングすることで脱窒菌の代謝の切り替わる様子を観察することに成功した。さらにはRamanなどの分光学的手法を生細胞に用いることで電子伝達系におけるシトクロムの酸化還元状態を観察することに成功している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
はじめに本研究の目的である脱窒菌の代謝を電気化学的に制御するための実験を行なった。この実験にあたり脱窒菌のモデルのひとつであるPseudomonas stutzeriを電極上で培養し、2価鉄を添加することで細胞と電極間での電子授受を可能にした。電極電位を固定して脱窒反応で発生する窒素ガス量をGC/MSで定量したところ、電位を負に固定した場合(-0.3 V vs Ag/AgCl sat)において脱窒量が増加することが分かった。 つぎに脱窒菌の代謝をモニタリングするために電位を固定して脱窒菌が発生する電流値をリニアタイムで測定した。有機物が含まれない独立栄養状態で脱窒菌を電気培養した場合では10~50nA程度の僅かな還元電流が見られるのに対して、電子源となる酢酸を加えると電流値の増加が観察された。つまり、有機物が含まれない独立栄養状態から有機物を加えた従属栄養状態に変化させたときの代謝の切り替えが電流値として反映されることを示すことができているといえる。 上記の通り、本研究の目的である細胞外電子移動による脱窒の制御及び代謝のモニタリングに成功しているといえる。さらに細胞外電子移動と脱窒反応の関係及び汎用性を拡張するため以下3つの追加実験を行なった。①細胞外電子移動を応用した脱窒菌の速度論的同位体効果の検出(カリフォルニア工科大学で実施)、②RamanおよびESRによる脱窒反応過程のシトクロムの挙動解析、③長い脱窒菌による双方的な細胞外電子移動の実証。
以上より本研究の目的を達成し当初の計画以上に研究を進めることができているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的であった酸化鉄のレドックス状態に対して微生物の代謝状態が変化することを実証し、微生物が作り出す電流を計測することで微生物の代謝状態をモニタリングすることに成功している。今後の課題はどのように細胞外電子移動が脱窒菌代謝に作用するかを調べる必要がある。本研究結果から細胞外電子移動で流れる電流値は脱窒代謝に対して1000分の1程度少ないのにかかわらず、脱窒速度は20%増加することが示されている。この僅かな電子フラックスが何処に行き着き、その作用を解明することは微生物の代謝を制御するために極めて重要であり、速度論同位体効果を細胞外電子移動により定量的に検出することに繋がるだけでなく、生化学的に重要な知見になると考えられる。安定同位体における速度論的同位体効果は地球規模での物質の流れを俯瞰的に見積もるために利用されているが、速度論的同位体効果を計測するためには主に質量分析器など高価で煩雑な装置が必要になる。一方で、速度論的同位体効果を細胞外電子移動により計測することができればその場でかつリアルタイムで物質の流れをモニタリングすることが可能になると考えられる。 細胞内膜に存在するシトクロムは電子を運ぶ役割を果たしており、脱窒過程においてシトクロムの状態を解明することは細胞外電子移動と脱窒の関係を解明することに繋がると考えている。現段階では共鳴ラマンにより脱窒過程でのシトクロムの酸化還元状態、及び脱窒過程で発生する一酸化窒素とシトクロムの結合を観察することに成功している。ESRの結果では鉄イオンと一酸化窒素の錯体が形成されていることが分かっている。今後の課題は発生する一酸化窒素がシトクロムと結合するのか、それとも鉄のイオンと結合するのかを定量的に議論する必要があり、これにより細胞外電子移動が脱窒反応過程での電子伝達系にどう影響をあたえるかを示すことが可能になると考えている。
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