今年度は研究課題の完成に向けて、当初から予定していた大西祝から戸坂潤に至る近代日本の「批評」論の考察に取り組んだ一方で、明治と清末の哲学宗教言説の同時代性に関する研究を進めてきた。研究の実施状況は主に以下の三点に整理している。 1.以前から研究していた大西祝(1864-1900)に関して、その「批評主義」を単なる文芸批評に限定されない一種の批判理論として読み直した上で、従来ほとんど言及されなかった言語観を取り上げた。その成果をまとめた論文は、『日本思想史学』第50号に掲載された。 2.大西祝以後の文明批評、文化主義といった批評言説も視野に入れ、とくに明治・大正期以来の批評論を批判的に受け継いだ戸坂潤(1900-1945)の「批評」を考察した。その初歩的な成果は2018年10月の日本思想史学会2018年度大会で口頭発表し、その後論文に仕上げて『北東アジア研究』第30号に発表した。今後は引き続き明治後期・大正期の批評言説を調べ、近代日本思想史におけるもう一つの「批評」の系譜を描き出す。それによって、西田哲学中心の哲学史叙述と文芸批評中心の批評史叙述が相対化される。 3.明治日本の学知を批判的に吸収した清末の思想家章炳麟(1869-1936)の研究に取り組み、章と井上円了(1858-1919)における宗教と国家の問題について2018年10月の第3回東アジア日本研究者協議会国際学術大会で報告を行った。同時に大学院ゼミにおける章炳麟の『斉物論釈』の精読作業を通じてテクストに対する理解を深めたとともに、明治哲学との構造的類似を考えるための重要な手掛かりを得ることができた。現在、現象即実在論と万物一体論の関連を念頭に置きつつ章炳麟について論文を執筆している。この研究を通して19世紀末から20世紀初期にかける日本と中国の哲学・宗教言説の位置づけ、ひいては東アジアの近代性の一側面が明らかになる。
|