キラルイミノホスホランによる遷移状態の構造制御を念頭に有機分子触媒による不活性分子の立体選択的変換法の開発を目指した研究に取り組み、一定の知見を得た。主に、新たな不活性分子の活性化手法として有機可視光触媒を用いた一電子酸化/還元反応を経て発生したラジカル種もしくはラジカルアニオン種の利用を念頭に、既存の酸性あるいは塩基性の触媒を用いるイオン反応では基質として用いられることのない単純なアルケン類を用いた反応の開発に従事した。具体的には、有機可視光触媒を用いてチオシアン酸アリールを一電子還元することでメソリティック開裂を経てチイルラジカルとシアン化物イオンが生じることを見出し、これをスチレン類に付加させる反応における立体制御に取り組んだ。作業仮説としては、チイルラジカルがスチレン類と反応して生じるベンジルラジカルを一電子酸化して得られるカルボカチオンと、メソリティック開裂の過程でラジカルと同時に生じるシアン化物イオンがイオン的に結合形成する段階に、アミノホスホニウムシアニドを関与させることができれば立体制御につながり得ると期待した。しかし、様々な反応条件および触媒構造の検討を行ったものの、目立った立体選択性の発現には至らなかった。これは、アルケンとキラルカチオンの相互作用が十分でないことに起因して、立体選択性を獲得するために必要なアミノホスホニウムイオンが提供する水素結合ネットワークを利用した遷移状態の精密制御ができていない点に問題があると考えている。立体選択性の発現までにはまだ障害が多いが、目的とした不活性分子の活性化が実現できたことに加え、本反応を検討する過程で得られた有機イオン対触媒と有機可視光触媒の協働やイオン種とラジカル種の協奏に関する知見は、今後の有機可視光触媒を用いた不活性分子の活性化を経る立体選択的なラジカル反応の開発において重要な基盤となるものと言える。
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