研究課題/領域番号 |
16J09891
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
伊川 美保 京都大学, 教育学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | リスクリテラシー / リスク認知 / 統計リテラシー / 批判的思考 / 教育心理学 |
研究実績の概要 |
食品安全やエネルギー問題などのリスクに関する論争について協議し,合意形成に至る教育をデザインするため,市民のリスクリテラシーを育むことが研究課題である。リスクリテラシーは,リスクに関わる科学的情報を理解する能力と定義され,科学・メディア・統計リテラシーにより支えられている。このうち統計リテラシー(日常生活にあふれる統計情報を理解し批判的に評価する能力)は,リスクが確率的事象であることを踏まえると重要といえるが,これまで妥当性・信頼性の高い日本語版の尺度は開発されていない。よって,第一年度は統計リテラシー日本語版尺度を開発することを目標とした。 年度の前半は,統計リテラシーに関する海外の文献をレビューし,定義や測定方法について概観した。統計リテラシーの測定方法は,回答者の心理的負担を考慮し,自己評定型の質問紙に着目した。そして,研究協力者や翻訳会社と協同でSelf-efficacy for Statistical Literacyを日本語に翻訳した。 年度の後半は,尺度の妥当性と信頼性,および論争的なリスクへの理解度を検討するため,学部生や市民を対象に調査を行った。妥当性の検証方法は,統計リテラシーと内容面で類似する心理学的構成概念との相関係数を算出することである。類似した心理学的構成概念とは,基本的な確率計算能力と定義されるニューメラシーと,証拠に基づく論理的で偏りのない思考を意味する批判的思考である。その結果,統計リテラシー日本語版尺度はニューメラシーや批判的思考と中程度の正の相関にあった。信頼性の指標であるCronbachのアルファ係数は0.8を超えていた。また市民に対する調査からは,統計リテラシー日本語版尺度の得点が高い人ほどリスクに関する論争的な情報への理解度が高かった。 以上より,リスクリテラシーを支える統計リテラシー尺度の妥当性や信頼性を検証することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述の研究課題の達成に向けて,おおむね順調な進捗状況であると思われる。その理由は以下の二つである。第一に,科研費補助金交付申請書に記載した研究目標である,統計リテラシー日本語版尺度を作成することができたためである。学部生を対象に質問紙調査をしたところ,尺度は十分な妥当性と信頼性を示していた。第二に,研究成果を複数の国内学会で発表し,一つの学会で優秀発表賞を受賞したためである。現在は,得られた成果を学術雑誌で公表するために論文を執筆している。
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今後の研究の推進方策 |
第二年度は,リスクリテラシーを高めるアクティブラーニング形式の教育をデザインし,その教育効果を三つのリスクリテラシー尺度(統計リテラシー,科学リテラシー,メディアリテラシー)を用いて評価する。リスク教育の目標は,ゼロリスクはないと理解することや,リスクとベネフィットの両方を考えることなどが挙げられている。「クロスロード」は,それらの教育目標を達成するためのアクティビティであり,リスクに関する論争について複数の人で話し合う体験型学習である。クロスロードの狙いは,リスクを自らの問題として考えることや,自らのコミュニケーションスキルを自覚すること,様々な意見や価値観があると理解することなどであり,それらの狙いは一定の効果を挙げている。しかし,クロスロードでは事前にリスクの考え方が教えられないため,市民のリスクリテラシー向上にどれほど貢献しうるかが不明瞭であった。 第二年度の目標は,クロスロードの中にリスクリテラシーの教授介入を含めることで,クロスロードの新たな使用方法を検討することである。目標達成に向けて,年度の前半は教育心理学の文献をレビューし,どのような学習方法が最適であるかを検討する。その上で,リスクリテラシーを教える活動とクロスロードを用いて考える活動を組み合わせた学習モデルを提案する。年度の後半は,京都大学の高大連携事業を活用して,高校生対象に出前授業を二回実施する。一つの高校では,リスクリテラシーの教授介入を行った後でクロスロードを実施する(実験群)。他方の高校では教授介入を行わずクロスロードのみを行う(統制群)。三つのリスクリテラシー尺度は,授業実施前後で二回測定する。以上の手続きを踏まえて,リスクリテラシー尺度の得点を実験群と統制群の間で比較し,教授介入の効果を検討する。
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