研究課題/領域番号 |
16J10176
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤井 祥 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 葉緑体発達 / 膜脂質合成 / クロロフィル合成 / シロイヌナズナ |
研究実績の概要 |
植物の葉緑体は光合成を行う重要な細胞内小器官であり,種子の発芽後,未分化な色素体から分化することで形成される。葉緑体内部のチラコイド膜では,脂質二分子膜に埋め込まれたタンパク質‐色素複合体が光合成初期反応を行う。葉緑体の分化には,脂質,タンパク質,色素が協調的に合成される必要があるが,その調節機構には未解明の点が多く残されている。本研究では,膜脂質合成が協調的な葉緑体分化の鍵であるという仮説のもと,葉緑体分化時の脂質の役割を解析している。 暗所で芽生えた被子植物では,子葉の色素体は葉緑体の前駆体であるエチオプラストに分化し,光を受けてから葉緑体へと分化する。エチオプラスト内部にはプロラメラボディという格子状の膜構造がある。プロラメラボディの膜脂質の約30%はジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)という糖脂質で構成されている。DGDGは葉緑体における光合成やチラコイド膜形成に重要であることが知られているが,エチオプラストでの役割は全く知られていない。昨年度は,エチオプラストにおけるDGDGの機能を調べるため,主要なDGDG合成酵素DGD1の遺伝子を欠失したシロイヌナズナの変異体dgd1を用いた解析を行った。 その結果,dgd1の暗所芽生えではDGDG含量が野生株の20%に低下し,プロラメラボディの格子構造が著しく歪むことを突き止めた。エチオプラストに蓄積されるクロロフィルの中間体,プロトクロロフィリドの合成や蓄積が抑制された。このことは,DGDGがプロラメラボディの格子構造の形成と,クロロフィル前駆体の合成・蓄積に必要であることを示している。プロラメラボディの形成におけるタンパク質や色素の重要性はこれまでも知られていたが,今回,脂質の必要性を初めて示すことができた。今後は,エチオプラストが葉緑体に分化する過程で,糖脂質が担う役割の解明を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
暗所で芽生えた被子植物の子葉細胞で発達する葉緑体の前駆体エチオプラストの内部には,プロラメラボディという格子状の膜構造が見られる。プロラメラボディは膜脂質に富む構造であるが,これまでの解析からはプロラメラボディ形成における膜脂質の役割はよく分かっていなかった。平成28年度は,エチオプラストの膜脂質の約50%を占める糖脂質,モノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)の機能を解析した。シロイヌナズナの暗所芽生えにおいて,MGDGを野生株の64%に減少させたところ,エチオプラストの膜構造はわずかしか変化しなかった。 そこで昨年度は,エチオプラストの膜脂質の約30%を占めるジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)という糖脂質の機能を明らかにするため,主要なDGDG合成酵素の遺伝子DGD1を欠損したシロイヌナズナの変異体dgd1を用いた解析を行った。dgd1では,DGDGの含量が野生株の20%に減少し,プロラメラボディが著しく歪んだ構造となった。また,プロラメラボディの周縁から伸びる扁平な膜構造であるプロチラコイドの形成も著しく阻害された。これらの結果は,DGDGがエチオプラストの膜構造の形成に非常に重要であることを示している。また,色素分析の結果,エチオプラストに蓄積するクロロフィルの合成中間体であるプロトクロロフィリドの合成や蓄積にも,DGDGが必要であることを突き止めた。以上の成果は昨年度中に論文としてまとめ,2018年2月にPlant Physiology誌に投稿した。現在改訂作業中であり,近日中に受理される見込みである。 さらに,エチオプラストが葉緑体に分化する過程についても解析を進め,糖脂質がクロロフィル合成や光合成関連遺伝子の発現に大きく寄与することを見出している。以上の状況から,研究はおおむね順調であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,暗所芽生えが光をうけて,エチオプラストが葉緑体に分化する過程に焦点を当てて研究を行う。暗所芽生えに光が当たると,クロロフィルの合成が活性化されるとともに,光合成に関わるタンパク質の遺伝子の発現が急速に上昇し,光合成タンパク質-色素複合体が形成される。また,エチオプラスト内部のプロラメラボディが崩壊し,扁平な膜が積層したチラコイド膜が形成される。これまでのところ,MGDG合成を阻害した場合,クロロフィル合成や光合成関連遺伝子の発現が抑制されることが分かっている。 今後は,協調的な葉緑体分化のメカニズムの解明を目指し,MGDGの存在を検知する機構や,その情報を伝達するしくみを探求する。具体的な方法としては,主要なMGDG合成酵素遺伝子MGD1の発現を人工マイクロRNAによって制御できる系を導入したシロイヌナズナを用いた解析を行う。まず,発芽の様々なタイミングでMGD1の発現を変化させた場合,葉緑体分化がどのように変化するか観察する。また,葉緑体分化過程における糖脂質,色素,タンパク質の蓄積量や,チラコイド膜の形態を経時的に解析する。MGD1の抑制による影響が見られ始めるタイミングを調べることで,MGDG合成が直接的に関わる過程を見出すことができると考えられる。さらに,MGDG合成とは関係なく葉緑体発達が抑制される,DGDG合成酵素やクロロフィル合成酵素を欠損した変異体を用いて,緑化過程における色素合成や遺伝子発現の変化を調べる。その結果を,MGD1抑制条件での結果と比較し,MGDGの存在を検知・伝達する分子の候補を絞り込む。また,葉緑体の状態を細胞核に伝達する因子として知られるGUN1の変異体にMGDG合成を制御する系を導入し,MGDGの合成状態を変化させたときに,遺伝子発現にどのような変化が生じるか詳細に解析する。
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