研究課題/領域番号 |
16J10411
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研究機関 | 鹿児島大学 |
研究代表者 |
宇都 卓也 鹿児島大学, 理工学研究科, 特別研究員(PD) (60749084)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | セルロース / キチン / イオン液体 / 有機溶媒 / ナノチューブ / 分子動力学計算 |
研究実績の概要 |
木質バイオマスの主成分であるセルロースは数十本もの分子鎖が集合した高結晶性繊維として生産されるため、水や一般的な有機溶媒に難溶であり、加工性に乏しい問題がある。セルロースの材料設計において、溶解プロセスや表面改質メカニズムの理解は必要不可欠である。本研究では、分子動力学(MD)計算によって、セルロース系材料の溶解や界面構造について分子論的観点から解析した。 2002年にイオン液体がセルロースを良好に溶解することが報告されて以来、構造多糖を溶解するイオン液体が注目されてきた。イオン液体によるセルロースの溶解機構を解明するために、繊維断片を想定したセルロース結晶モデルを対象とした溶解シミュレーションを実施した。イオン液体中でセルロース結晶は段階的な溶解プロセスが観察され、アニオンによる水素結合切断を契機として、分子鎖間にカチオンが侵入することで溶解が進行することを見出した。また、溶解性の異なる様々なイオン液体について溶解挙動を評価し、カチオンおよびアニオンが協同的に働く溶解過程を支持した。 次に、甲殻類などの生物に広く分布し、セルロースと同じ結合様式を持つ構造多糖であるキチンにも着目した。イオン液体中におけるキチンの溶解シミュレーションを実施したところ、セルロースとは全く異なる溶解挙動を示した。特に、キチンに特徴的なアセトアミド基由来の水素結合切断において、イオン液体のアニオン構造が重要であることを明らかにした。 また、セルロースの新規な高次構造として、セルロース分子鎖が水素結合を介して自己組織的に形成するチューブ構造(セルロースナノチューブ;CelNT)について、有機溶媒中での立体構造安定性を評価した。CelNTはセルロース結晶構造を構成する分子鎖シートの両端が水素結合によって閉じた構造となるため、CelNT表面は疎水性の性質を有していることが予測された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
イオン液体アニオンはセルロースの極性基付近に、カチオンはピラノース環上に集中している様子が観察された。更に、時間経過に伴って、セルロース結晶の分子間にアニオンとカチオンが侵入し、水素結合を切断する様子が観察された。セルロースに対する優れた溶解性を有する塩化1-アリル-3-メチルイミダゾリウム(AMIMCl)および塩化1-エチル-3-メチルイミダゾリウム(EMIMCl)中においては、結晶の内部構造まで崩壊し、セルロース分子鎖が結晶表面から剥離し、溶液中に分散した。他のセルロースの良溶媒である塩化1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム(BMIMCl)および酢酸イミダゾリウム(AMIMOAc、BMIMOAc、EMIMOAc)の場合では、若干の分子鎖剥離挙動を観察したが、カチオンが分子間に侵入しにくく、セルロースの水素結合を部分的にしか切断しなかった。セルロースに対する溶解性を示さないイオン液体中では、結晶モデルはほとんど変化しなかった。 同様の方法論をキチンに適用したところ、セルロースとは異なる溶解過程を観察した。キチン溶解性を示す臭化1-アリル-3-メチルイミダゾリウム(AMIMBr)と酢酸イミダゾリウムでは、アニオンがキチン側鎖にあるアセトアミド基と水素結合性架橋を形成し、キチン分子鎖が結晶相から剥離することで溶解することを見出した。また、AMIMBr中において、カチオンは剥離分子鎖と結晶相の間に配向することで剥離状態を維持させていることがわかった。 非極性溶媒中において、CelNTモデルは逆平行鎖構造が最も熱力学的に安定であり、分子間水素結合交換を頻繁に生じさせることでチューブ形態を維持させていた。また、ベンゼンやクロロホルムなどの溶媒分子がCelNTモデル表面に構造化している様子を観察し、両親媒性のセルロース分子鎖がチューブ形態を取ることで疎水性に制御されることを裏付けた。
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今後の研究の推進方策 |
対イオンの構造を変化させた多様なイミダゾリウム型イオン液体中でのセルロース結晶のMD計算(バーチャルスクリーニング)を実施し、セルロース溶解性を決定するイオン液体の構造的因子を明らかにする。膨大な計算結果を比較するために、様々な構造パラメータ(動径分布、官能基配座変換、水素結合様式)を体系的に評価する。同様の戦略を通して、キチン溶解機構に関わる知見を深め、新規な溶媒系の構築を検討する。 イオン液体中に完全に分散したセルロースやキチンの溶媒和構造や立体配座に関わる知見は、これら材料の機能化において重要である。しかし、結晶とは異なり、分散したセルロースやキチンの分子鎖はかなりフレキシブルな構造となる。そのため、従来MD計算が対象とする時間スケールではサンプリングが十分でない可能性がある。そこで、拡張アンサンブル法を適用することで、ミリ秒オーダーの時間に相当するスケールでダイナミクス構造を解析する。
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