本研究は、慢性的な運動が神経可塑性関連遺伝子の発現制御を介し、マウス海馬の神経・シナプス形態に作用することで、脳機能改善の一端を担う可能性を解明することを目的としている。今年度は、生化学解析ならびに組織学解析を継続すると共に、蛍光色素のマイクロインジェクション法を用いて、選択的に海馬の神経細胞の可視化することで、運動が神経細胞のスパインの密度・形態などに及ぼす影響を検討した。 8週間の回転ホイールを用いた自発性走運動介入後にサンプリングを実施し、非運動群と比較したところ、海馬において、興奮性シナプス分子の増加が観察された。次に、シナプス分子の適応に伴うと考えていた神経形態の変化を検討したところ、CA1ならびに歯状回において、神経細胞のスパインの密度・形態の変化は検出されなかった。 以上より、長期的な自発性走運動はシナプス分子の包括的な増加をもたらす一方で、神経細胞のスパインの密度・形態の変化は観察されないとの結果が得られた。従って、シナプス分子発現量と神経細胞のスパインの密度・形態は、必ずしも一致しないことが示唆される。一方、その他の理由として、生化学解析に比べ、神経の形態観察は定量性が低いことから、運動による生理学的範囲内の応答を検出できていない可能性が考えられる。従って、より高い定量性を持った神経形態観察法の確立により、運動が海馬神経細胞に及ぼす影響の、より詳細な解明が可能になる可能性がある。
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