研究実績の概要 |
本研究では,バラ科植物の自家不和合性の分子機構を解明し,自家和合性品種の開発に向けた基礎的知見を得るために,バラ科サクラ属のカンカオウトウ品種‘クリストバリーナ’にみられる花粉側non-S自家和合化変異体の原因因子の同定を試みている.実験1年目は主に,全ゲノムシークエンス解析による自家和合化原因変異の同定を行った. ‘クリストバリーナ’のF1後代44個体から,ゲノムの約5倍をカバーする量のゲノムリードを得た.得られたリードを35bpのサブシークエンスに断片化し,SC個体とSI個体の比較により,SC個体に特異的なサブシークエンス(配列多型)を網羅的に同定した.‘クリストバリーナ’の自家和合化遺伝子は第3染色体下部に座乗することが明らかとなっており,実際に得られたSC個体に特異的なサブシークエンスの大部分はサクラ属ゲノム上の第3染色体下部に相同性を示した.このことから,後代を用いたサブシークエンス比較によって,non-S連鎖領域内のSC個体特異的多型を網羅的に同定できることが示唆された. 次に,Non-S因子の連鎖領域内にみられる多型のうち,‘クリストバリーナ’に特異的な多型を同定するために,既存品種にみられる配列多型情報を利用した.Non-S変異を持たないカンカオウトウ14品種から,ゲノムの10倍をカバーする量のゲノムリードを取得した.上記と同様にリードを断片化し, 後代のSC個体に特異的なサブシークエンスと比較することにより,SC特異的な3,806個のサブシークエンスが同定された.このサブシークエンスを含むリードから341個のコンティグが構築された.得られたコンティグに対して,‘クリストバリーナ’後代およびカンカオウトウ品種のリードをマッピングするにより,表現型と完全に対応する多型を有する40個のコンティグを自家和合化変異を有する候補コンティグとして同定した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験1年目の本年は主として,Illuminaシークエンス解析を用いたゲノムワイドなアプローチから,non-S和合化の原因変異の同定を進めた.研究を進めるにあたって,ゲノムワイドな網羅的多型同定法(サブシークエンス比較法)を効果的に利用することで,参照ゲノム情報が充分に整備されていないカンカオウトウから,自家和合化の原因変異になりうる配列多型を効率的に収集することができた.加えて品種間に存在する配列多様性を利用することで多型の絞込みを効率的進めることができ,期待通り研究が進行したと判断した. 実験2年目は主として,花粉トランスクリプトーム解析からnon-S候補因子の探索を進める予定にしており,すでに本年度に,自家和合特異的なゲノムコンティグ上で発現する遺伝子群の探索を進めている.また,花粉形質転換による遺伝子機能評価を行うための実験系も整えており,次年度の研究の進展も期待できる.
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今後の研究の推進方策 |
①実験2年目は,non-S因子の周辺領域に組換えのみられる‘クリストバリーナ’後代および実験1年目に供試していないカンカオウトウ品種をゲノムシークエンス解析に追加し,候補となる多型の絞込みをさらに進める予定である. ②ゲノム解析から同定された候補コンティグに対して,mRNA-seqリードをマッピングし,コンティグ周辺において花粉で発現する因子をリスト化する.自家和合・自家不和合個体を用いて,候補遺伝子の発現量あるいは構造変異の有無を調査し,non-S候補因子を同定する. ③木本性果樹の形質転換には長い年月を要し,その効率は非常に低いが,本実験の因子は花粉で発現するため,アンチセスオリゴや遺伝子銃を用いた花粉の一過的形質転換系を機能評価に利用する予定である.実験1年目はカンカオウトウにおいても,アンチセンスオリゴを利用した遺伝子発現の下方制御が可能であることを明らかとした.
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